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「21世紀堂書店」経営 峰村 聖治さん(高崎市八千代町)

【略歴】早稲田大卒。書店経営の傍ら、子供の将棋教室を開く。店舗半分を改装した無料の貸しギャラリー「あそびの窓」を開設。元高崎市小中学校PTA連合会長。

同時テロと監視カメラ


◎西欧文明の二律背反が

 英国人作家、ジョージ・オーウェルが代表作『アニマルファーム(動物農場)』を出版したのは六十年前の八月だった。スターリン独裁体制を鋭く風刺した作品である。高校時代担任のネヨガチ(あだ名)先生からこれを原文で読みなさいと言われた。細かいことまで覚えていないが、スターリン独裁体制は人民が互いに互いを監視する恐怖に満ちた国家をつくり、社会のいたるところに監視カメラが設置され、まるでそこはアニマルファーム(動物農場)だ―との内容だったと思う。

 英国・グレンイーグルズでのサミット開催中の七月七日、ロンドンで三カ所の地下鉄と二階建てバスが自爆テロに遭い、五十人以上の死者と七百人以上の負傷者を出した。サミット史上、主催国でこのような大規模な自爆テロが起きたのは初めてのことだ。

 「9・11」米中枢同時テロで米国はテロへの怒りと復ふく讐しゅう心に燃え上がったが、それだけではテロを根絶することができないことを、われわれは知った。今回の「7・7」では、現場での大混乱はなく、五十人以上の死者を出しながらブレア首相を責める声もなかった。自爆テロの狙いは、今のところ犯行声明が出てないので分からない。

 それから数日後、英国は自爆テロを実行した四人を特定した。そして犯人の当日の足取りが判明した。それは、なんとロンドン市内の地下鉄だけで六千台あるといわれる監視カメラによるものだ。もし、ジョージ・オーウェルが、六十年後の母国がアニマルファームになっていたと知ったら、どんな感想を述べたことだろう。

 もちろん、今の英国は高度文明社会の自由を謳おう歌かし、人権も守られ、恐怖に満ちた国家ではないことを、私も十分理解している。世界でもっとも進んだ国の一つ英国に、なぜこんなにも監視カメラがあふれているのだろう。世界は、自爆テロに対するロンドン市民の対応を「冷静保った英国社会」と褒めたたえた。私も英国人の地に足のついた行動は素晴らしいと思った。それでも私は思う。これからも自爆テロはなくならないだろう。そして、監視カメラは高度文明社会の中でますます増え続けるだろう、と。

 過去五百年を律してきた西欧文明の二律背反が、ここにあるのではないか。

 西欧文明の恩恵に浴してきた日本人は、物質的な豊かさを求めて走り続けてきた。走れば走るほど欲望は無制限に膨らみ、じっくりと物を考えることを忘れ、物の本質をしっかりと見極めることがおっくうになってしまった。そして、競争から取り残された人々や敗者に対する思いやりを忘れ、勝ち残ることが人生の目的と勘違いした人間が闊かっ歩ぽしている。

 敗戦後六十年、われわれは地球が有限であることを知った。これからも物質文明の豊かさを追求し続けるのか、それとも、有限なる地球環境に合った「物欲を自制した暮らし」の中に、心の内なる自由や豊かさを求めるのか、難しい選択を今、迫られている。

(上毛新聞 2005年8月5日掲載)