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文芸評論家・筑波大学教授 黒古 一夫さん(前橋市粕川町)

【略歴】法政大大学院博士課程修了。92年から図書館情報大(現筑波大)に勤務。大学院在学中から文芸評論の世界に入る。著書、編著多数。

戦後60年


◎知らな過ぎる「事実」

 今年もまた「暑い夏」がやってくる。このところ年中行事化しつつあったとはいえ、今年で六十年目ということもあって、今年の「暑い夏」はいくらか様変わりするのではないか、と思われる節がある。少なくとも、私に関しては例年になく「ヒロシマ・ナガサキ」や「戦争」(敗戦)と正対しなければならないことが幾つも生じた。

 まず、これは昨年からずっと続けて作業してきたことだが、今年の三月に私と清水博義という友人との共編で原爆写真集『ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』(日本図書センター刊)を刊行した。また六月には、『林京子全集』(全八巻、同)を編集・刊行するということがあった。

 両方とも版元の依頼を受けての仕事であったが、原爆写真集の方は一九四五年八月六日・九日に世界で最初に未曾有の原爆被害を受けた「ヒロシマ・ナガサキ」について、あまりにも現代人(特に若者たち)は知らな過ぎるのではないかという思いからだった。広島・長崎の両市で壊滅的な破壊が行われ、かつ想像を絶する何十万人という大量の死傷者を生み出した「事実」について、解説(黒古執筆)のほかに井上ひさしや林京子、松谷みよ子らのエッセーおよび峠三吉、原民喜、栗原貞子らの詩を配し、安価(千八百九十円)で提供したいという版元の要請を受けて編集したものである。

 この写真集と並行して編集に携わっていた『林京子全集』の方も、十五歳(女学校三年)の誕生日を目前に控えて学徒動員中の兵器工場で被爆した経験を基にした『祭りの場』(七五年)で文壇にデビューし、以後、今日まで川端康成賞や谷崎潤一郎賞、野間文芸賞などを受賞した林京子の文学活動を全体的に見渡すことのできる形でまとめた。これは、「ヒロシマ・ナガサキ」の文化(文学)的遺産を世に提供するとともに、文学史(戦後文学史)的にも貴重な資料を残すことになったのではないか、と自負している。

 また、これは私事になるが、やはり「戦後六十年」ということで、小さな出版社であるが依頼を受けて七月に『戦争は文学にどう描かれてきたか』(八朔社、千八百円)と『原爆は文学にどう描かれてきたか』(同、千六百円)を同時に刊行するという「離れ業」を行った。

 『戦争は…』の方は、日清・日露の戦争から戦後のベトナム戦争まで文学者がどのように戦争を表現してきたか、文学史に沿って論述したものである。「敗戦記念日」も知らず、戦争ゲームに興じるような若者(だけでなく、すべての人)に、戦争によって生命を失い傷つくのは「無む辜この民」であること、この厳然たる事実を知ってほしいと願って書いた本である。

 『原爆は…』も戦後六十年、原民喜の『夏の花』(四七年)や大田洋子の『屍の街』(四八年)以降、戦後の文学者がいかに「原爆・核」を表現してきたか、作品論を中心に書き下ろしたものである。いずれも、多くの人が手に取ってくれることを望んでいるのだが…。

(上毛新聞 2005年8月4日掲載)