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◎葺き替えは技術の保存 日本の歴史的建造物の多くは木造建築であり、大工職人の長い経験と技術の厚い蓄積によって、造られてきました。特に、日本の古建築は屋根が美しいのです。宗教建築としての社寺、権力者の空間芸術としての宮殿や城、庶民の暮らしが息づく民家、産業を築き上げてきた工場。それぞれの屋根の葦(ふ)き方、木の組み方、石の積み方など、一つ一つが建築の美しさにつながっています。その屋根の美に魅せられ、さらに匠(たくみ)の技に魅せられた私の屋根撮影は続いています。 のこぎり屋根の撮影が縁で知り合った信州の屋根職人がいます。私の師匠と勝手に決めている棟梁(とうりょう)です。数年前の初秋、「茅(かや)葺き屋根の葺き替えが始まるよ」と連絡があり、その工程を撮影させていただきました。栗の木の大黒柱や手斧(ておの)削りの梁(はり)は三百年はたっている、という古民家です。一九八〇年に屋根のすべてを葺き替えた「丸葺き」以来だそうで、茅葺き屋根の葺き替えの全工程を拝見できました。 丸葺きには、大量の茅が必要です。各地方で長年行われてきた技法や、材料の組み合わせのバランスが崩れると、耐用年数が減ったり、雨漏りの原因になることもあるそうです。長野県小谷村に住む棟梁は、この葺き替えに使用する茅は同村産に限る、と早々に準備を進め、葺き替えは年末から始まりました。長い風雪に耐えてきた古い茅が取り除かれ、梁がむき出しとなり、職人たちの顔はすすだらけです。一束一束、茅をすぐり、根本が切りそろえられ、出番を待っていました。 年が明け、麻幹(おがら)でひさしを葺き、茅葺きが始まりました。雪が降り積もり、何回か作業は中断されましたが、白銀の中に建つ茅葺き屋根は壮観でした。雪から霜へと季節は流れ、霜でしっとり目覚めた茅は朝日を浴び、黄金色に輝いていました。傍らで一服する棟梁が言いました。「丸葺きは一代に一回(約七十年)。家主の音頭取りで成し遂げたもんだよ。長い歳月受け継がれてきた茅葺き屋根には歴史と文化が残っている。この家もまた百年は生き続けるさあ」と目を細め眺めていました。 茅葺き屋根の葺き替えには、図面も手本もありません。職人の長い経験と技と勘だけです。歴史的なものの保存とは、形を残すだけではなく、こうした生きた技術の保存なのです。葺き替えも最終段階に入ると、茅を刈る大がまが職人の手のように動き、その刃音は心地よいリズムとなり、周辺の山々に響き渡っていました。 ウグイスの鳴き声が聞こえ始めた日、茅葺き屋根の「丸葺き」は終わりました。家主と先祖に報告をし、棟梁は言いました。「いい仕事ができたよ」。忘れられない一言です。 屋根の形は、世界中を見渡しても実にさまざまです。その国の気候風土や伝統、生活様式、または材料や技術力などの違いによって、多くの制約を受けながら今日に至っているのです。 (上毛新聞 2005年7月29日掲載) |