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◎今や大人から子供まで 渋谷から地下鉄半蔵門線で九分、いつもは静かな半蔵門駅の小さな改札口が、この季節になると朝夕高校生であふれることがあります。にぎやかな一団の向かう先は、毎年六―七月に国立劇場で開催している「歌舞伎鑑賞教室」です。 この公演は、古典芸能とは疎遠な若い世代に歌舞伎鑑賞の機会をつくり、次代の観客層へつながることを願って昭和四十二年に開設され、今月で六十七回目を迎えました。観客動員は四百万人を超えています。 主な観客は関東一都六県の高校生で、学校の課外授業の一環として訪れます。近年は修学旅行で上京する遠方の小中学校や、アメリカや中国など海外からの申し込みもあるそうです。初めて歌舞伎を観(み)る高校生も多いので、入場時に歌舞伎の歴史や概要をまとめた小冊子とパンフレットが配布され、観劇の前には歌舞伎俳優による解説「歌舞伎のみかた」があります。月ごとに工夫を凝らした解説は人気があり、観客代表が舞台に上がって歌舞伎の演技や仕掛けを体験することもあります。 観劇後、劇場に寄せられた高校生の感想文の冊子編集にたずさわっていた私は十七年間、多彩な感想文を読む機会を得ました。印象的だったのは「歌舞伎は年寄りの観るもの。長くて難しいからきっと眠くなる」という先入観を持って来場する高校生が圧倒的に多かったこと。どこで誰に洗脳されたのだろうと思うほどでした。実際に観てみると「思った通り難しくて退屈で寝てしまった」「案外面白かった」「想像していたものとはまったく違った」など思いはさまざまです。 都内の高校生A君は「鑑賞教室に参加すると話したところ、家族中にうらやましがられ、祖父母も両親も歌舞伎を観たことがないことを知り、僕らが観なければ歌舞伎は絶えてしまう」という使命感を抱いたそうです。日本の伝統文化に触れた喜びが、美しい日本語でつづられた留学生の作文もありました。 ここ数年「和の世界」は静かなブームで、若い世代向きの雑誌からの取材が頻繁にあります。チケットの買い方、劇場でのマナー、初めて観る人にお勧めの演目、幕間の食事からお土産の選び方まで実に詳細な取材です。観劇日のファッションを真剣に質問する二十代の編集者に、そこまで書くの? と尋ねると「教えてくれる人がいませんから。今や祖父母の世代でも帯ひとつ結べない時代です」。そこで観劇のイロハは、雑誌が代わって伝授するというのです。 少子化傾向で、参加校の生徒数が減少している一方、安価で気軽に観劇ができる鑑賞教室は大人のグループ観劇が以前より増え、熱心なリピーターも少なくありません。 平日の昼間には観劇できない社会人のために、今年から夜七時開演の鑑賞教室を設けたところ完売の人気でした。また、学校が夏休みに入る七月後半の「親子で楽しむ歌舞伎鑑賞教室」も今年で六回目となり、定着してきました。高校生のために始まった鑑賞教室は年々観客層を広げ「大人から子供まで、誰もが楽しめる教室」へと変化しつつあるようです。 (上毛新聞 2005年7月20日掲載) |