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◎必要なのは人間の感性 最近、化学物質や環境の分野で、予防原則という言葉を聞くようになり、本も何冊か出版されました。 今から十三年前の一九九二年にブラジルで開かれた国連環境開発会議の「リオ宣言・予防的取り組み方法」は、「深刻な環境悪化が懸念される場合は、その原因について完全に科学的・確実な証拠がなくても、各国の能力に応じて、原因と思われる行為を禁止するなど、予防的に取り組むべきだ」という趣旨の提案をしています。 その後、予防原則は国際的にも広く議論されるようになり、二〇〇〇年にはEU(欧州連合)が「予防原則の指針」を発表していますが、まだ国際的に認められた定義はありません。一番進んでいるのはやはりEUで、予防原則に基づき、新しい化学物質規制(REACH)を提案しています。しかし、アメリカや日本は、EUの提案が化学企業に安全性の証明という負担を負わせ、産業が圧迫されるなどとして反対しています。 残念ながら日本では、予防原則は考え方さえはっきりしない、単なる理想にすぎないと思われているのです。 予防原則という言葉そのものは難しいのですが、身近な生活に適用するのは簡単です。私たちが人間として「普通の危機意識」を持ち、「このままではとんでもないことが起こりそうだ」と思ったら、「はっきりするまで現状維持でいく」のではなく、「何とかしようじゃないか」と行動することだからです。 先月六日付の日経新聞に「『部屋の中の象』を追い出せ 身近な異常見て見ぬふり」と題する非常に面白いコラムがありました。「巨大な象が部屋の中にいたらただ事ではないが、みんな見えないふりをし、そのうち見慣れて、もはや部屋の中の象に驚かなくなる」という趣旨でした。 このコラムで主張されているのは、橋梁(きょうりょう)工事にからむ談合問題ですが、JR西日本の脱線事故も同じだと思います。多くの運転士が、あのカーブは危ない、このままでは事故も起きかねないと思っていたのですから、早めに対策をとるべきでした。いじめ問題も同様で、いじめがあったという確実な証拠はなくても、いじめがあったらしい、このまま放置すると重大な事件にまで発展するかもしれないと思われたら、その時点で何らかの対策を取ることが予防原則の考え方なのです。 安全で安定な夢の物質とまで言われたPCB(ポリ塩化ビフェニール)は、カネミ油症を引き起こし、野生生物を汚染し、処理さえ困難な悪夢の物質だったことが後になって分かりました。 牛のBSE(牛海綿状脳症)も、魚の水銀汚染も、米のカドミウム汚染も、遺伝子組み換え作物も、科学的とされる評価をして、この程度なら大丈夫という判断をしているのですが、多くの消費者が本当に安全だろうかと心配し不安を感じています。その心配と不安こそ、普通の人間の普通の危機意識だと私は思います。 私たちに必要なことは、普通の人間としての感性を磨き、おかしいことをおかしいと感じることではないでしょうか。 (上毛新聞 2005年7月7日掲載) |