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県立歴史博物館専門員 手島 仁さん(前橋市下佐鳥町)

【略歴】立命館大卒。中央、桐生西、吉井の各高校や県史編さん室に勤務。政党政治史を中心に近現代史を研究。著書に「総選挙でみる群馬の近代史」などがある。

福田元首相生誕100年


◎“遺言”は今世紀の指針

 きょう五日は福田赳夫元首相の命日。今年は「明治三十八歳」の元首相が百歳を迎えた記念すべき年である。以下、人物の敬称は略すが、その遺徳をしのびたいと思う。

 福田の生涯は『回顧九十年』に詳しいが、政治家として最も福田らしさを発揮したのは、大蔵大臣時代とOBサミットの主宰者時代であった。名財政家ぶりについては多くの指摘があるが、より注目したいのはOBサミット時代で、その全容は『普遍的倫理基準の探求―福田赳夫とOBサミット』(日本経済新聞社、〇一年)にまとめられている。

 一九七二(昭和四十七)年の自民党総裁選挙に、「政治是最高道徳」の福田は「平和大国の設計、公害のない社会の実現、資源有限」を、「数は力」の田中角栄は「日本列島改造論」を掲げた。二十一世紀になって地球的視野でものを見ることが当たり前のようになったが、当時としては、右上がりの経済成長を基調として、一国の利潤を追求する典型であった田中の列島改造論が歓迎された。福田が総裁公選で掲げた思想を具現化したのがOBサミットで、「昭和の黄門」が「世界の黄門」として活躍した時代であった。

 OBサミットは、「一国家一民族のこともさることながら、地球人類的な観点で物事を考え、行動しなければ正しい政治家の道を歩んでいるとはいえない」とする福田が、地球上の全人類が直面していた経済的・軍事的・政治的な未曾有の危機を回避するために、世界中の首相・大統領経験者が中心となって、狭きょうあい隘な国益にとらわれることなく考え、行動するために、八二(昭和五十七)年に創設した福田の政治理念の産物である。

 そこでは(1)平和と安全保障(2)世界経済の活性化(3)人口・開発・環境関連の諸問題―の三分野から、その年ごとに当面する具体的な問題を取り上げて議論し、行動へ向けた提言を打ち出した。

 OBサミットでは、福田の世界平和と人類の幸福のためには心の問題と取り組み、普遍的な問題に対しては普遍的な価値を持つ倫理基準を確立すべきであるとの提言から、「普遍的倫理基準の探求」というテーマで、世界の宗教家・哲学者・政治家ら世界中の英知を集め、九七(平成九)年に地球倫理基準という概念が貫く「人間の責任に関する世界宣言」を発表した。

 これは、四八(昭和二十三)年に国連で採択された「世界人権宣言」を補う内容のもので、「栄光と悔恨の二十世紀」の反省の上に立つものであった。

 福田の政治的遺言である同宣言は、今世紀の指針となるものである。福田のまな弟子である小泉純一郎首相やポスト小泉の指導者には、同宣言やOBサミットの提言を実現することにリーダーシップを発揮し、国際社会で信頼される日本を築いてもらいたいものである。

 「修身・斉家・治国・平天下」という言葉がある。多くの政治家がこの言葉を政治信条に掲げるが、生涯をその言葉通りに生き抜いた政治家は福田元首相だけではあるまいか。

(上毛新聞 2005年7月5日掲載)