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「21世紀堂書店」経営 峰村 聖治さん(高崎市八千代町)

【略歴】早稲田大卒。書店経営の傍ら、子供の将棋教室を開く。店舗半分を改装した無料の貸しギャラリー「あそびの窓」を開設。元高崎市小中学校PTA連合会長。

物質文明社会


◎幼児たちの欲望も刺激

 四月から娘と二人の孫と一緒に住むことになり、生活のペースが一変した。娘は「お父さん、私を育てたように二人を育てて!」と言い、私は祖父役と父親役の二役をこなすことになった。同じように育てれば良いと言われ、初めは気楽に考えていたが、そんな甘いものではなかった。

 まずは自分の体力の衰えである。これはある程度予想できたことだが、この三カ月で四キロほどやせた。妻も少しやせたようだ。

 テレビのチャンネル権も完全に孫に取られてしまった。もともとNHKニュースぐらいしか見ることはなかったのだが、朝から子供番組を一緒に見ることになった。

 もう一つは、娘たちを育てた三十年前と違い、あまりにも物が豊富になってしまっていることによる戸惑いだった。四歳の長男と二歳の長女の二人の孫に紙パック入りの野菜ジュースを与えたときのことだった。長女が違うと言って騒ぎ出した。

 なぜ騒ぐのか、意味が分からなかった。ジュースは一組四パック入りで、男の子と女の子のデザインのものがそれぞれ二パックずつ入っている。長女に女の子のデザインの方を渡したが、彼女は男の子の方が欲しかったのだ。三十年前なら物の種類も少なかったので、親が用意すればそれで済んでいた。それに比べて現在は物が豊富な分、用意された数種類の中から子供が選ぶことになる。

 これはおかしいぞ、と私は直感した。意識してテレビを見ると、さまざまな玩具やお菓子が大量のコマーシャルに乗って、幼児たちの脳髄に擦り込まれているのが分かる。幼児が衝撃的に物を欲しがるのも、むべなるかなと思った。そこには企業の戦略があるのは明らかだが、テレビを消す以外、親になすすべはない。

 日本の現状だけを見ていては分からないこともある。世界中の人間の約二割が富の約86%を独占し、資源の約80%を消費している。地球は有限であり、すべての人々が消費文化の恩恵を受けることは不可能だ。世界の八割の人々が貧しい生活を送っている状況の中で、日本は豊かな国だと言われても、何とも居心地の悪い気分になってしまう。

 人間の幸せは、物質的な豊かさのみによって実現するものではない。善悪の判断のつかない幼児の欲望をかき立てるテレビコマーシャルが、じっくり物を考える人間を育てるよりも衝動的に行動する人間を作ってしまう。そして、日本人の心をゆがめていくのだ。

 子供をバランスの取れた人間に育てるためには、日ごろから根気よく子供と向き合うことが大切であり、物の本質をしっかりと見極められる人間に育てるためには、ゆったりとした時間が必要だ。今の親は、子供の自主性を尊重したい気持ちと、わがままを許したくない気持ちとの狭間で思い悩んでいる。その親たちの苦悩を横目で見ながら、まるで、あざ笑うかのように幼児たちの欲望をかき立て続ける物質文明社会とは、一体何なのだろう。

(上毛新聞 2005年7月2日掲載)