視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
建築家・エムロード環境造形研究所主宰 小見山 健次さん(赤城村見立)

【略歴】東京電機大工学部建築学科卒。前橋都市景観賞、県バリアフリー大賞など受賞。著書に「1級建築士受験・設計製図の進め方」(彰国社)がある。

階段は夢の懸け橋


◎楽しめる家づくりを

 わがアトリエのテラスに新しく階段がお目見えした。林と畑とが広がる周囲の風景を壊さないようにと低く平らな屋根にした結果、周りの木立からの落ち葉があっという間に堆たい積せきする。普段屋根が見えないから、維持管理も怠るばかりだった。そこで屋根の管理を見据えて、築十五年ぶりに屋根に続く外階段を取り付けたという次第。

 さっそく、その上にテーブルといすを置けるようにした。今まで見ることのなかった視点で周囲の風景が見えるようになって、いささかワイルドなくつろぎの場が階段のおかげで実現したのである。

 どこかの町の古い家並みを歩いたとき、物干し場として屋根の上にベランダをつけている住まいを見かけたが、イタリアのベニスなどは狭い土地に迷路のように路地が延びる密集した都市型の住まいだから、どの家も縦にひょろ長くて、きまって屋根の上にはデッキテラスがついている。屋上で星空を見ながら、あるいは陽ひの降り注ぐ下でビールパーティーなんていう光景が日常なのだ。

 わが日本のまちでも建て込んだ住宅団地の無表情な屋根の上を有効に使えば、きっと建物がつくる風景も一変するに違いない。プレハブの味気ない建物でも、屋根のてっぺんに木製デッキの載った景観があちこちに見られたら、どんなに素敵な風景になることか。

 神社やお寺を考えると、階段にはさらに精神的な意味が込められていることも分かる。神や仏に近づくために設けられた参道としての石の階段は参拝者の心を洗い清め、上り詰めることで額に汗することが清らかな精神の高揚を誘う。いわば人の心を神の傍らに導くための懸け橋というわけだ。

 足腰の弱った人にとっては障害でしかないように思えるが、病院ではむしろリハビリの道具としても役立っている。家庭でも健康維持に役立つ楽しく安全な階段を作ることだって工夫次第のはずだ。今更という感はあるが、最近の介護保険法の改正に「筋力トレーニング」の項目が導入されたことは、こうした意味合いではうなずける話題だとも思う。

 弱者のためのバリアフリー、あるいはユニバーサルデザイン重視の指向が根づいてきてはいるが、豊かな社会に必要なことは、なにも障害となるべき不便さを全部取り除くことではなくて、それらを克服するための手段がいつでもその場で自由に選択できる環境を実現することにあるはず。

 いつだったか、この欄で老後の家づくりは寝室を中心にと、お医者さんが往診時の体験を基に書いておられた。究極ははってでも行ける範囲に水回りを配置すべきことや、日当たりの良い位置に寝室を配置すべきことは、確かに必要なことだ。ただ、動けなくなったときの自分と元気なときの自分、そのいずれもが大切にしたいその時々の現実であり、願望であることも事実。
 間取りの優先順位は建てるときの、そうした状況に左右されて決まるものだが、便利なだけでない、夢のある「楽しめる家づくり」を心掛けることが、心と体の健康を維持するための大切な視点であることも忘れたくないものである。

(上毛新聞 2005年6月7日掲載)