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◎どう育てるか住民意識 名前を言えば、すぐにその産品を思い出すほど名の知れた地方都市での話である。 市を活性化しようと、市長はかねてから信頼を寄せていた東京のAコンサルタントに提言を求めた。A氏は数十回も現地に足を運んで産業や人材や資源の実情を調べ上げ、驚くほど具体的で示唆に富んだ活性化構想を市長に提示した。市長は早速実施に移したが、A氏も自分の提案に責任を持ちたいとプロデューサーを買って出た。 それから数年、提案に沿って誕生した多くのプロジェクトが同時多発的に活動を始め、相乗効果も相まって市は見違えるほど元気になった。毎年開かれるフォーラムでは各グループが競ってその成果を発表したが、どれも内外から高い評価を受け、見学者も増えた。 この状況から誰の目にも、遠からずA氏の構想は成功裏に実現し、活力あふれる都市に生まれ変わるに違いないと映った。 そんなある日、降ってわいたような事件が起きた。長年くすぶり続けていた合併に伴う対立がにわかに表面化し、それに巻き込まれた市長はリコールされ、間もなく行われた選挙でついに落選してしまったのだ。 新たに選ばれた市長は、真っ先に前任者が推進してきた活性化運動の中止を決め、A氏も解任された。あれほど盛り上がっていた市民運動も潮が引くように影を潜めてしまった。 この一部始終を外から眺めていて理解できないのは、リーダーもプロデューサーも企画も市民の盛り上がりも、すべて完ぺきに近かった市民運動が選挙の結果とはいえ、なぜ運動を支えた同じ市民の手によって否定されたのかという点である。失われたのは時間や税金である以上に、市民の未来や誇りや信頼であるにもかかわらずである。 しかし、あらためて周りを見渡してみると、これに似た事例がいかに多いことか。 「活性化のモデル」などとマスコミにもてはやされた地域を後日訪れてみると、その痕跡さえ見いだせず、やりきれない気持ちにさせられることが少なくない。 なぜ、こうした問題が惜しげもなく次々に繰り返されるのだろうか。未来の繁栄より目先の利益や相克に目を奪われるからだろうか。選挙では理性よりも派閥や情実がものをいうからだろうか。日本人の自治意識がまだ未成熟だからだろうか。 原因がいずれにあるにしろ、地域づくりや地場産業の活性化には理屈では割り切れない落とし穴が隠されているものだ。しかし、今や地域は自らの知恵と努力で生き残る時代が来た以上、一過性のイベントでその場を繕うのではなく、住民の行動パターンを冷静に分析し、どのような事態にも対処できる手法の開発が急がれる。首長が代わったくらいで、まちづくりの火を絶やさない住民意識はどうしたら育つのか、問題はそこにあるのではないか。 (上毛新聞 2005年5月17日掲載) |