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元東海大学医学部小児外科学教授 横山 清七さん(神奈川県茅ケ崎市)

【略歴】富岡市出身。新島学園高、慶応大医学部卒。第19回日本小児がん学会長。現在、病気とたたかう子どもたちに夢のキャンプを創る会会長、大磯幸寿苑施設長。

患者は物ではない


◎診察から始めるべきだ

 ある日の教授回診で、開腹術後四日目の十歳児を診察した。お腹はやや張っているが、元気そうで、聴診器で腸蠕動(ぜんどう)音(グーッと腸が動く音)が聞こえるし、排ガス(おならが出る)もあったという。「お腹空(す)いてるかい?」と問うに「ウン。空いている」との答え。

 「どうして食事が始められてないの?」との質問に対して、若い研修医の返答は「レントゲンで、まだ腸管内ガス像が多い(腸蠕動不良)のです」であった。「おいおい、レントゲン写真を治療するなよ。すぐに飲水開始、食事も始めなさい」と教えた。

 また、ある日の手術中のこと、「救急外来に交通外傷の子が搬送され、お腹を痛がっています」と手術室内のインターホンに緊急連絡が入った。「腹部CTスキャンと緊急血液検査をやってください」と助手をしていた研修医が答える。「手を降ろして(滅菌した手術台から離れること)、すぐに診(み)に行きなさい」としかった。

 エコー(超音波断層)、CTスキャン(コンピューター断層)、MRI(磁気共鳴画像)などの画像診断が進歩した現在、若い医師たちは画像診断と血液検査などの検査結果に頼り切って、直接、手で触れ、あるいは聴診器を当てての診察をおろそかにしがちとなってしまった。内臓の立体画像をも見ることが可能になった現在、各種画像と血液検査などを組み合わせることによって、診断が容易になったのは事実である。

 しかし、まず患者と向き合って、その病状、経過に耳を傾け、視診、聴診、触診から始めるべきで、診察もせずに検査の指示を出すとは本末転倒である。画像検査、血液検査などは診察によって予測される病気を確定診断するための補助手段に過ぎないと言いたい。

 自ら入院して患者として体験し、変だなと感じたこととして、術後一、三、七日目に胸部レントゲン写真撮影と血液検査をされたことがあった。熱はあったが、肺炎の症状は全くなく、主治医は聴診器を僕の胸に当てたこともなかったのに。「どうして必要なの?」との問いに対して「routine(決められたやり方)検査です」と看護師の答え。

 Critical Passと称して、ベルトコンベヤーに乗ったパーツを決まり切った方法で組み立て、製品を完成させる方法がある。このやり方と全く同じように、Aという病気にはA方式、B病にはB方式というふうに、術前術後の治療計画があらかじめ決められており、それに沿った検査、治療が行われ、退院日時までが決められた方法である。しばしば見られる重病でない疾患に限られているとはいえ、病気の治療が、あたかも壊れた機械の修理のように取り扱われるのである。時間を節約できるし、医療経済上もよいとされている。

 患者は物ではない。人であると声を大にして叫びたい。

(上毛新聞 2005年1月30日掲載)