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群馬大学大学院工学研究科教授 大澤 研二さん(桐生市相生町)

【略歴】岡山大理学部卒。名古屋大大学院博士課程単位取得。理学博士。同大学院助教授、科学技術振興事業団などを経て昨年4月から現職。愛知県出身。

科学の単純化


◎研究は終わりなき道

 複雑系という言葉をご存じだろうか。単純なことの積み重ねから複雑なものが生まれる現象を総称するものだが、気象の変化から動物の行動、はては経済の動向にまで、その適用範囲は広がっている。

 比較的単純な数式の組み合わせが多様な結果を生み出すことから、混とんを意味するカオスと呼ばれる分野だが、複雑さは複雑なことからしか生まれない、という先入観の誤りを指摘している。ただ、科学の歴史の中では、これと似た動きは何度も起きていて、現象の説明に単純化が必要なことが知られている。

 自分の研究分野でいえば、メンデルの遺伝の法則がその例だろう。それまで、子が親に似る現象は知られていたけれども、そこではいろんな性質がまぜこぜになった形で伝わるものと信じられていた。個々の性質を伝えるものを粒子と見なして、遺伝の原理を説明したのがメンデルだが、発表当時はさまざまな理由から認められなかった。単純化による解釈が必ずしも受け入れられるわけではないことを示すものだろう。

 大学院生のころ、指導教授から研究対象の遺伝現象の説明を受けたとき、不思議に思ったことを覚えている。二つの遺伝子が交互にオン・オフを繰り返し、片方が動く時にもう一方は動かないという仕掛けだが、一度動き始めてしまえばいいものの、動かし始めるための仕掛けが分からず、首をかしげていた。

 ちょうどそのころ、アメリカの研究者が決定的な事実を発見した。遺伝子を構成するDNAが逆位を起こすことを見つけたのだ。

 逆位とはある部分が逆さまになることで、二重らせん構造をとるDNAは、その一部を切り取って元と反対の方向につないでも、並び順が変わるだけで、らせん構造には変化がない。しかし、遺伝子は文章のようなものであり、逆位を起こす部分に読み始めがあるので、読む方向が変わることで読めたり読めなかったりする。そんな仕掛けで、片方の遺伝子の動作を切り替えていたのである。分かってしまえば単純な仕組みも、それ以外の仕組みを考えたのでは、ただ複雑な結果を生み出すだけだったのだ。

 同じような例が五十年ほど前の日本でも起きていた。土や血液や細菌の溶液に高分子を混ぜると固まる現象が知られていたが、それぞれまったく別の分野で研究されていたために、同じ原理によるものとは思われていなかった。ところが、日本のある物理学者たちがそこに共通性を見いだし、大きな高分子がコロイド粒子の間に入り込めないことから生じる力を考えることで、問題を解決した。

 この話には後日談がある。発見から四十年ほど経過したころ、いろんな分野で見つかった現象の説明にこの理論が使えることに気付いた人がいた。これはメンデルの法則が発表の三十五年後に、三人の研究者によって再発見された話とよく似ている。これらは研究が機の熟す前には単純化だけでは理解されず、時宜にかなう必要があることを示している。

(上毛新聞 2005年1月12日掲載)