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◎人間の尊厳取り戻そう ドイツ・ミュンヘン中央駅から電車で三十分。グラフラートはアンマー湖にも近く、保養地といってもよい明るい静けさが満ちている。駅から森の小径(こみち)を抜け、アンパー川に架かる美しい木の橋を渡ってすぐの一軒家に留学中、部屋を借りていた。晴れの日はもちろん、雨でも雪でも人々は好んで散歩をしていた。散歩がてら、率先して分別用の回収コンテナにごみを仕分けしている人々の姿が窓辺からよく見えた。 ドイツには、環境問題に対して「目に見える」取り組みがある。自転車に乗る人や駐輪場が増えた代わりに、駐車場が減っているとか、低燃費の小型車が増えたなど、一目瞭りようぜん然である。それに対して日本は、以前にも増して大型車がわが物顔に走っている。環境の世紀といわれる二十一世紀に入ってもなお、私たち日本人の環境への意識はまどろんでいるように思えてならない。 ある方とのご縁から、ドイツでのベストセラーだという、ホルガー・ケーニッヒ著『健康な住まいへの道』の翻訳を依頼され、三年の作業の後、二〇〇〇年に出版することができた。内容をかんがみ、日本語版には副題として「バウビオロギーとバウエコロジー」が加えられた。リサイクルやエネルギーをテーマとするエコロジーはよく知られているが、バウビオロギー(建築生物学)は聞き慣れない概念であろう。 それは崩れつつある環境の調和を取り戻し、健康的な住空間を求めることをテーマとする。第一の皮膚としての身体と、第二の皮膚としての衣服の延長上に、「第三の皮膚」としての住まいがあり、外界に起こるさまざまな現象への扉となる。さらに空気で囲まれた地球の成層圏は「第四の皮膚」である。 つまり、住まいは人間の健康と安全を守る器であるとともに、最も身近な環境保護の対象である。本学の建築学科では、三年前から他大学に先駆けて、バウビオロギーの講義を行っている。「巣」づくりとしての住まいづくりという視点を意識化させたい、と願ったからである。 昨年五月、私はドイツ、バート・エンドルフで開かれた第三回「バウビオロギー+建築+環境医学会議」に招待され、「日本におけるバウビオロギーの発展」と題する講演を行う機会を得た。筆者が設計した高崎市下中居町の小児科医院に屋根緑化したところ、隣家の奥さまが草原のように広がる屋根を描いてくださったエピソードを紹介した。そして「一体誰が、隣の家の屋根を描きたいと思うでしょうか」という締めくくりの言葉に、聴衆の心からの共感を得ることができた。 ある質を持った住まいができたとしても、その場を体験する人々が、新しい自分を発見することがなければ、そして行為への愛を自らのうちにはぐくむことがなければ、「健康」建築の名はむなしく響く。近代の科学文明の台頭に伴い、数値で計れる現象だけが注目され、生命体としての人間存在が脅かされるという現状にあって、バウビオロギーで大切なのは、生物としての存在とともに、精神存在としての人間の尊厳を取り戻すことにある。 (上毛新聞 2004年11月22日掲載) |