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◎工夫して生き抜く 山国生まれの父親は、専らスルメやら身欠きニシン、目刺しを酒の肴さかなにして、それが好物でもあった。刺身の類は酢ダコまでで、マグロが食べたいなどという言葉は、聞いたことがない(もっとも貧乏人の子だくさんだったから、言いたくても言えなかったのかもしれない)。 父親の横にいて、その酒の肴を小学生のころからむしゃむしゃ食べて育った小生は、ついに刺身のうまさを知ることなく東京に遊学し、金のない大学生では刺身を肴に酒を飲むわけにもいかず、社会人になり温泉場に行っても虹色に輝くマグロの赤身などに会っているうちに、酒を飲むにも、ご飯を食べるにも干物が一番という体質になってしまった。 湘南支店の担当地域に小田原市がある。ここには早川漁港があり、神奈川県随一の水揚げを誇っているが、ちょうちん、梅干しと並んで小田原の名物となっている蒲鉾(かまぼこ)、干物の原料供給を担ってきた。江戸時代、小田原は城下町であることに加え、東海道の宿場町として栄えてきたが、現在でも首都圏から見ると伊豆、箱根方面への玄関口として、大勢の観光客が集まる。この観光客の土産物需要を取り込んで、小田原の蒲鉾、干物業界は成長してきた。 当地に赴任して早々、仕事柄もあってあちこちの干物屋を訪ね回ったが、百年以上の歴史を生き抜いてきた店が多く、どこもそれぞれに工夫して落第点のところはない。ただ、Y社という干物メーカーの直営小売店で、二十枚三百円のアジの干物に出会ったとき、群馬では一枚百円が限界と思っていただけに、少々びっくりした。そして、この商品危なくないか、と疑った。 しかし、安さの秘密は実に簡単。干物はその製造過程でエラがとれたり、ヒレが欠けたりするものがどうしても発生する。味に遜そんしょく色があるわけではないが、こうした製品は「完全美品」ではないためスーパーや土産物店の店頭に並ぶことはない。量が少なければ、誰かに配るなり自家消費するなりして済むが、Y社は直近の決算で年商三十億円を超え、生業的なメーカーがほとんどの中にあって全国でもトップクラスの規模である。日産十二万―十三万枚の干物を作っているので、歩留まり(良品率)99%としても一日に千二百枚以上のはねモノが発生する。それで四カ所の直営店で格安販売することにしたのである。 大手メーカーならではの悩みを、逆に客寄せに使ったといえようか。「キズパック」の名前で販売しているこの格安商品は、アジの干物だけでなく、イボダイ、キチジ、カマスなどのラインアップがある。千円も買うと冷蔵庫の冷凍室には納まり切らないので、大急ぎで一度に二枚、三枚と食べなければならない。 猫でさえペットフードのご時世、栄養価が見直されてはいるものの、食生活の変化による魚離れが基調にあり、干物業界の先行きは決して明るいものではない。小骨のない干物開発に取り組むメーカーもある。生き残りの定石として、Y社は歩留まりと利益率のよい直販比率の両方を上げなければ、などと思案しながら、食べる格安干物の味は複雑である。 (上毛新聞 2004年9月28日掲載) |