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前橋工科大学教授 遠藤 精一さん(神奈川県鎌倉市)

【略歴】東京・四谷生まれ。早稲田大理工系大学院建築計画専修を修了後、槙都市建築総合計画事務所に入社。1974年にエンドウプランニング一級建築士事務所を設立し、98年から前橋工科大学教授。

建築と信頼


◎住まう側のお手伝いを

 前回のこの欄では建築の持つ価値を皆が認識し、社会が力を合わせて共有の財産にする必要があることをお話した。われわれは一人一人、個人的には誰もが建築をよくしたいと思っている。だが、最初からうまく組み合わせてある商品の中から選択した方が手っ取り早い、との結論を得やすい。ここで一番大切なことは、住まう側が自分の住まう環境は自分たちが主役であり、自分がどう住まうかを追求し続けられるかどうかにある。

 建築を造る側は、この住まう側の努力をどうお手伝いするかが基本となる。しかし、多くの一般市民にとって、自分が主役と言われても、すぐ対応した振る舞いは難しい。

 建築は多くの時間をかけた技術の積み重ねの上に成り立っており、その一つ一つをきちんと理解して合理的に組み合わせて要求することは難しい。そこで専門家として、この状況を手助けし、どのような技術を提供すればよいかを検討することが重要である。

 社会のストックとして建築を使い続けるためには、建築家にとっても建築に直接接し、感を養うことは重要だ。ともすればCAD(コンピューター利用設計システム)のようなバーチャルイメージのみで建築を決めて能率を追求する傾向が強い現代の建築産業に対して、住み手が望む価値は少し遠回りでも、実際の建物に接して感を養った専門的知識を持った人材が提供されることである。

 前橋工科大学建築学科ではこの感を養うために、既存の木造建築を大学のセミナーハウスへ改装する作業を、ワークショップの授業として取り入れている。

 一昨年は基本設計から始まり、昨年は外壁とサッシ、そして今年は屋根の瓦のふき替えを行った。作業は炎天下の屋根の上でほぼ十日間にわたり、職人さんから指導は受けているものの、果たして最後までやり遂げられるか大変気をもんだところであるが、結果は見事に完成までこぎつけた。終わったときの彼らのたくましい顔は自信に満ちていた。ここで彼らが学んだ大切な点は、造ることは大変な労力を必要とするが、出来上がったものに接してみて、払った労力は皆、自分自身が得た価値であり、自信となったことだろう。

 そして、彼らに技術を教えた職人さんの側からも大きな反応があった。始める前は、現代の学生に果たしてこんなつらい仕事をこなす気力があるかを危ぶんでいたが、実際の仕事を通して彼らの危ぐは全く空振りであったと。むしろ、とかく現代の若者が易やすきに流れるといわれる中で、目的さえきちんと伝えて身をもって示せれば、十分に応えてくれることを発見した、と話してくれた。

 ここで学生諸君と職人の方々との間には、損得の感情が入り込む余地はない。ただ素晴らしい技術に対する信頼と、それを忠実に施工した学生諸君への称賛であった。建築はこのような人と人の信頼の上で積み上げていく価値であり、施主との関係も、この信頼の上につくられることを心底から感じた今年のワークショップであった。

(上毛新聞 2004年9月21日掲載)