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群馬司法書士会企画部長 岡住 貞宏さん(安中市古屋)

【略歴】高崎高、慶応義塾大卒。1994年に司法書士登録。群馬司法書士会理事。司法書士会では、昨年4月に民事訴訟代理権を取得した活動のPRや、ヤミ金融問題にも尽力する。

法律家の責務


◎分かりやすい表現で

 高名な国語学者、故岩淵悦太郎さんに『悪文』という著書がある。世に公表されたさまざまな文章の中から「悪文」というべきものを例示し、その文章のどこが悪いのかを指摘することで、文章表現の在り方を解説した名著だ。この著書の中で「悪文のチャンピオン」として紹介されているのが、実は、裁判の判決文である。文の切りつなぎが不適切であるために、極めて読みにくい、悪い文章であるという。

 しかし、法律の世界には、読みにくさの点では判決文のさらに上をいく「悪文のグランド・チャンピオン」がいる。それは、ほかならぬ法律の「条文」である。一例を挙げてみよう。

 民法第九条 成年被後見人ノ法律行為ハ之ヲ取消スコトヲ得但日用品ノ購入其他日常生活ニ関スル行為ニ付テハ此限ニ在ラズ

 なんと、この時代に文語体である。「得但日(とくたんび)用品」とは何だ? と思った方はいないだろうか。これは、「…取消すことを得う。但(ただ)し、日用品の…」と区切って読む。句読点もないのである。法律関係者以外で、この文章をすらすら読める人はほとんどいないであろう。

 「民法総則は明治時代に制定された条文だから、文語体でも仕方ないのではないか」と、法律に詳しい人なら言うかもしれない。けれども、前述の民法第九条は、明治どころか平成十一年の民法改正時に新たに作られた条文である。

 現在、民法や商法など文語体で書かれた法律を改正する場合には、新たな改正部分も文語体に統一して書かれることになっている。改正部分だけでも分かりやすい口語体にして、未改正部分の文語体と混在していてもよいだろうと思うのであるが、政府・官僚筋はこの混在を嫌うようだ。

 法律は、この社会に住む人すべてが、それを守らなければならない基本的なルールである。そのルールが読み下しも難しい文語体で書かれ、ルールの解釈書である判決文は「悪文のチャンピオン」―このような状況でよいはずがない。「法律は難しく、分かりにくい」というのが、現在の国民一般の意識である。だが、その「難しさ、分かりにくさ」は、法律を語る言葉や文章のまずさが大きな要因というべきだ。

 法律家は、平易な言葉で、分かりやすく法律を語らなければならない。それが、法律家の責務である。ここでいう法律家には、判決文を書く裁判官、法律案を作成する官僚はもちろんのこと、弁護士や司法書士など、市民に対し法的サービスを提供する者も含まれる。法律的な専門用語はなるべく使わず、誰にでも理解できる表現で、法律や裁判のことを説明し、語らなければならない。私は司法書士として、法律家のはしくれとして、自戒を込めてそう思う。

 法務省は、民法を全面的に口語化する法案を今秋の国会に提出し、来年度から施行する方針を決めた。法律を「分かりやすい」ものとするために、もちろん大賛成である。

(上毛新聞 2004年9月12日掲載)