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音楽家・大泉町スポーツ文化振興事業団理事 川島 潤一さん(大泉町)

【略歴】青山学院大卒。2003年に教則本を発表。自己のトリオでNHK国際放送、同FMに出演。音楽クリニックを主宰し、音楽を通じた人間文化を追求している。国内外にミュージシャンの知人多数。

バランスの意識



◎中央価値観へのセンス養う

 日本語化して市民権を得ている言葉の中で、「バランス」という英語は使い勝手がよく、存在感がある。「均衡」という意味から、われわれの生活や社会、建築、スポーツ、そして芸術など、多種多様に解釈して使っている。調和・案配・美しさといったところだろうか。しかし、どこかズレていて、アンバランスであるがゆえに美しかったり、気分がよかったりする時がある。どうやら、われわれ人間にとって、気持ちいいか悪いかの判断の言葉になっているのかもしれない。

 人間の体は曲線の美であるといわれる。しかし、どこかアンバランスのところがある。例えば、顔や手・足などは左右対称ではない。整っているようで不ぞろいである。ところが人種や個性を考えると、バランスが取れている。女性と男性の比率もそうである。宇宙、地球環境、生態系、私たちの体などは、一定に保とうとする力が働いている。不自然な力が加わった時、均衡は崩れる。しかし、また元に戻そうとする力も働く。

 私たちが普段使用している漢字は、バランスよく収まると美しい。どの国の字も同じことがいえる。電子化が進み、パソコンの活字や人工言語に依存する度合が高くなっていくと、美しく収める感覚が自然と鈍くなり、漢字も忘れてしまうようだ。また、普段ではめったにお目にかかれないような漢字が大手を振っていて、意味も分からず困ってしまうことがある。

 老若男女、空前と携帯電話が普及し、コミュニケーションがとれない人が多くなったと感じる。便利さの裏に、失われてしまう落とし穴があることを忘れてはならない。バランスの意識を持つことを知ってほしいと思う。人間が作り上げた機械に振り回されないように両足を踏ん張って、せいぜい頑張るしかない。

 普段、何げなしに聞いている音楽。空気を振動させて伝わってくる生の音。それを演奏する楽器は美しく、バランスが取れた姿をしている。左右対称のものもあるが、そうでないものもある。人間が作った見事な曲線の美といえる。楽器は奏者の技量に負うところが大きいが、楽器本体のバランスが不可欠だ。人間と同じで、個性がある。出てくる音程は、人によって聞き取りの個性差があるが、ある一定の規準から外れると不快になる。

 名指揮者であった山本直純さんのお話によると、すべての音程がぴったり同じであると、人間は嘔おうと吐してしまう、と。音程やリズムに微妙なズレや「ゆれ」があるから、心地よい。アンバランスが作り出す平安であろうか。生の音や楽器の木のぬくもりは、精神的なゆとりやホッとする時間をつくってくれる。

 情報化・市場優先・スピードの社会といわれる今、日常生活やコミュニケーションの中でバランスを意識することにより、世の中になくてもいい物への価値観を見逃さないセンスを養うことが大切だと思う。

(上毛新聞 2004年8月28日掲載)