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◎資源の保護怠らないで 十年前、車の自損事故による背骨の圧迫骨折を温泉療養で治した父の話です。砕けた骨が脊髄(せきずい)に触れると半身不随になると宣告され、絶対安静でした。じっとしていれば骨はいずれ元に戻ると、飲めば痛みが和らぎ身体を動かしてしまう鎮痛剤を決して飲みませんでした。枕の下にたまった薬を発見した婦長さんからは随分、怒られたようでした。 手術を強く勧める病院とレントゲン撮影がいやで、二カ月足らずで自主退院をしてしまい、それからの約一カ月、自宅での療養が始まりました。温泉療養はまさに生体実験でした。地球の地下からわきいずる太古の泉「鉄泉」は、人間の自然治癒力を復活かつ活性化させ、必ず治ると信じ切った父を何の後遺症もなく完治させました。 温泉は「地中から湧ゆう出する温水、鉱水、水蒸気、あるいはその他のガスを指し、温泉源での温度が二五度以上のものか、特定の物質のいずれかが基準値以上含まれるもの」と定義されています。一昨年、中央温泉研究所長の甘露寺泰雄博士が見え、「鉄泉の療養泉は、関東で群馬の五色温泉だけになってしまった。保護管理は経営上、大変だろうが、頑張ってほしい」と言われ、自然の恩恵に感謝しながら源泉を守り、大切に使わなければならないことを、あらためて痛感しました。 鉄泉の効能は、浴用では主に神経痛、筋肉痛、婦人病、飲用では貧血症、慢性消化器疾患です。発見されてから三十数年、多くの人たちがさまざまな療養効果を体験しています。源泉は無色透明ですが、浴用のため加熱されると茶褐色に変わり、お湯につかると、まさに地球に抱かれているという安心感があります。 さて、バブル全盛期の一九九〇年ごろ、国のふるさと創生事業で一億円がばらまかれ、地方自治体は町おこしのために温泉開発に血眼になりました。大地は掘削で穴だらけになり、地盤沈下や温泉の自然湧出量の低下が起きました。しかしようやく、地方の既存の源泉を守り、温泉文化を守るために新規の温泉開発に規制がかかり始めました。 ここ数年は都市部に開発が移り、東京の臨海副都心や渋谷、遊園地などに巨大温浴施設が次々と誕生し、今やトレンドとなっています。「現代湯治」は私たちの日常生活に入り、三養といわれる休養・保養・療養の目的別に泉質と効能を調べて、温泉浴を楽しむようになりました。環境省では、医療費軽減のため予防医学的応用として温泉療法に注目を始めています。 ところが、温泉浴場が誕生すると市町村は新たな条例を作り、時代に逆行する入湯税の課税を始めるのです。温泉の保護育成のための目的税ということを行政マンは熟知しているのでしょうか。天然資源でありながら、入湯税や成分分析にかかる莫大(ばくだい)な維持費用が源泉管理者個人の負担とは、不可思議な現実です。温泉は個人の所有物ではありません。資源保護が遅すぎたとなる前に、そろそろ手を差し伸べる時なのではないでしょうか。 「粕川端に湧きし泉を保持するは 天職にして 努ゆめおろそかならず」(高橋あぐり) (上毛新聞 2004年8月5日掲載) |