視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
音楽家・大泉町スポーツ文化振興事業団理事 川島 潤一さん(大泉町中央)

【略歴】青山学院大卒。2003年に教則本を発表。自己のトリオでNHK国際放送、同FMに出演。音楽クリニックを主宰し、音楽を通じた人間文化を追求している。国内外にミュージシャンの知人多数。

年を重ねる



◎新しい精神的な発見が

 古代ギリシャ時代、音楽は高級な娯楽でした。英語でいう「ミュージック」は、もとはギリシャ語で「ミシケ」または「ムシク」といい、ラテン語の「ムシカ」に変化したものからきた外来語です。ハーモニーやメロディーといった言葉も同様です。

 アリストテレスやピタゴラス、プラトンといった古代ギリシャの学者たちは、音楽に造詣が深く、アリストテレスは音階の名前やリズムの素(もと)の名前を考案し、子供の発達にふさわしい音楽を考えました。また、法律と旋律の関係や、徳と教育のためにはいい音楽を聞くことがよいことであるとか、音楽の規則は国家の規則などといった理論派の人たちもいました。

 アリストテレスは「老いとは乾燥である」と言いました。年を取って「枯れてきた」という褒め言葉があります。アメリカ大統領であったリンカーンの言葉に「人間は四十を越すと、誰でも自分の顔に責任を持たなければならない」というのがあります。私は、人間二十歳くらいが一番その人を表している顔ではないかと思ってます。友人や自分の古い写真をみると、希望や勇気のある顔に見えます。

 先日、老眼鏡を新調しました。年を取ったと思いました。年齢を重ねるのは怖くはないのですが、物理的に老いるのは怖い気がします。反射神経や動体視力も落ちていることが自分でも分かります。しかし、年を重ねることで見える新しい世界もあると考えると、楽しいこともあります。

 歩くことでも新しい発見があります。自分の歩幅は何センチ、膝(ひざ)の蹴(け)り出し方、踵(かかと)の接地点など追求してみると、歩くことが神秘的で素晴らしい世界に思えます。昔からある店、古い家々、大きい木や道端の草花など、車に乗らないことで見える違う世界。

 若さは失われていくのではなく、肉体的な衰えと反比例して、精神的な内面は充実していくものです。年を重ねて見える世界や精神的な内面の変化によって、新しい発見や今までは考えもつかなかったことなどを身体で感じることができます。一つ一つの価値観さえ違って見えてきます。

 無気力感など、いろいろなものに襲われて、自身を失いがちになります。きっと、そのように考えるときは、心がしなっているわけで、しなる心は細くしなう小枝と同じで、折れないものです。むしろ絶対大丈夫、頑張るといっていると、パキンと折れてしまうのではないかと思うのです。音楽は細くしなった小枝にバネを与えるようなものです。

 古代ギリシャの墓碑に旋律が記されているものがあります。「人生は楽しみなさい。くよくよしなさんな」と言葉が添えられています。新しい世界を発見し、楽しい人生の旋律を作ることを考えれば、老眼や物理的な老いは、私たちを助けてくれる財産です。

(上毛新聞 2004年7月11日掲載)