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群馬大学大学院医学系研究科教授 中野 隆史さん(前橋市国領町)

【略歴】長野市出身。群馬大医学部卒。放射線医学総合研究所に17年間勤務後、2000年から同大教授。専門は腫瘍(しゅよう)放射線学。がんを切らずに治す重粒子線治療施設を同大に導入する準備を進めている。

医療事故



◎構造的要因の改善を

 前回、日本の医療は相対的に安い医療費にもかかわらず、総合的に世界で一番と評価されていること、しかし国内の論議では三十兆円の医療費が日本をつぶすかのごとく言われ、医療費抑制策が進められていることを述べました。

 この医療費抑制の目的で、公立基幹病院で行う高度医療は保険点数(価格)を低く抑えられ、大学病院や公的病院は一般に高度の医療技術が実践されているにもかかわらず、おおむね赤字となっています。

 具体的には、日本の保険点数はアメリカのメディケア(公的老人医療保険)の四分の一程度で、中でも、診療費や医療技術料が欧米の技術料に比べ三分の一から五分の一と極めて安いことが挙げられます。例えば、初診料は米国の20%、心電図が40%、総コレステロール検査費20%、胸部レントゲン撮影費30%という具合です。逆に、薬や医療機器の価格は数倍高くなっています。

 経済的な視点からは、医療や福祉が拡大することは、産業の活性化や雇用の拡大につながり、本来、望まれるべきことです。しかし、国民皆保険では保険額の相当部分を国民の税金で補てんしているため、赤字財政の中で不合理な医療費抑制策が採られているのです。

 特に問題なのは、公的病院や大学病院に先端的医療設備は整備されているのに、技術料が低く抑えられているため、医療スタッフをアメリカの病院の三分の一しか配置できないことです。日本の安い医療費は医療従事者の犠牲の上に成り立っているのです。公的病院や大学病院では、医療従事者の劣悪な労働環境が放置されており、このことがいわば医療事故の温床となっています。

 幸い、私どもの群馬大学附属病院は日ごろから医療事故防止対策を精力的に行い、全国でも医療事故の最も少ない優良な大学病院と評価されています。

 一般の方はご存じないかもしれませんが、大学附属病院で診療に当たる医師は、他学部の教員と同様な教育・研究の職務に加えて、一般病院の医師と同等の診療業務が課せられた上に、さらに臨床研修医の研修指導を求められています。さらに、大学附属病院は政府の画一的な国家公務員の人員削減政策の対象となっており、年々、医師定員が減らされています。

 このため、高度医療に対応する極めて多種・多様な治療技術を扱うにもかかわらず、当直明けの日勤や週六十時間以上の労働を余儀なくされる医師がほとんどで、経験の少ない研修医も診療に加わり、医療事故を防ぐには悪い条件が重なっているのが現状です。

 政府の医療費抑制策や画一的な国家公務員の人員削減政策のために、大学病院や公的病院の医療労働環境がどんどん厳しい状況に追い込まれています。

 医療事故が報道されるたびに社会から厳しい批判が出ていますが、医療事故の背景にはマスコミに取り上げられない、こうした構造的な問題があり、これを改善しない限り、抜本的な解決は困難であると憂慮しております。

(上毛新聞 2004年6月3日掲載)