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日本精密測器会長 清水 宏紀さん(高崎市下豊岡町)

【略歴】高崎高、群馬大工学部卒。1963年に日本ビクター入社、オーディオ事業部前橋工場長、常務取締役、専務取締役AVマルチメディアカンパニー社長などを歴任。タムラ製作所取締役。昨年6月から現職。

カセットとVHS



◎録音録画の世界財産に

 劇場や映画館で見聞きした情報が心の中で温められ、心の琴線と共鳴する。これが感動となって、魂まで揺るがす。この大切な瞬間、感動を繰り返し味わいたい。この願いを実現するため、テープレコーダー、ビデオ、CD、DVDなどが次々と誕生した。自分で録音、録画ができるカセットとVHSビデオは、多くの感動の再現の場を与えてくれる。ともに世界の隅々まで普及し、カセット、ビデオの文化を築いた。

 VHSデッキは八億台以上、記録された映像は二百億巻を超える。カセットもそれを超え、世界の標準となった。ビデオに記録された西の情報や豊かな生活の映像が情報管制の目をくぐり、東の国々に徐々に浸透し、東西の壁の崩壊にも役割を果たした、といわれる。また、VHSの開発の物語はNHKテレビの『プロジェクトX』や映画でも紹介され、感動を与えた。

 幸い、カセットとVHSに深いかかわりを持った。日本の工業会技術委員長としてカセットの標準化に取り組み、時には、開発会社のフィリップスやドルビー博士と世界標準にも臨んだ。一方、VHSは開発メーカーである日本ビクターのVHS標準センター担当、事業担当役員として標準化に力を入れた。

 さて、カセットは三・八ミリ幅のテープに〇・六ミリの磁気の道を四本書き、毎秒四・八センチ進む。VHSは一二・七ミリのテープ幅に〇・〇五八ミリの磁気の道を回転するヘッドで書きながら、毎秒一三・四ミリ進む。これだけでもお分かりのとおり、超微細な磁気記録を正確に行って、しかも、どの機械で記録したものも磁気の道の位置、幅、そして機械の速度が同じでないと、音が乱れたり、画像が出なくなったりする。これを互換性と呼ぶ。それぞれのメーカーで違った考えがあったため、テープ幅、速度、カセットの形、回路を変える要求が頻発した。変えることで音がよくなったり、絵がよりよくなることもある。

 しかし、徹底して互換性を守る。互換性を守りながら、技術の向上を図る。世界に普及させるため、互換性の重要さを痛感した。VHS二十周年に、初号機で録画したテレビ番組を二十年後の機械で再生した。驚くことに初号機での再生より美しく再生された。かくして、VHSもカセットも世界の財産、そして文化とまで呼ばれるようになった。しかし、技術は進歩して、新しいものを生み出す。互換性のない新技術は優れたものを提供する反面、既存の文化を破壊することも多い。CDがレコードの文化を壊したように。

 今、カセットはICレコーダーやMDに存在場所の一部を奪われ、VHSビデオまでDVDレコーダーやハードディスクレコーダーにより市場が狭くなりつつある。新しい機械は魅力的である。しかし、VHSやカセットで記録された貴重な映像や音は、再現できなくなることが多い。NHKアーカイブスのように、国、地方そして個人でも、大切な映像や音楽の保存が急務であり、文化の将来への継承は重要な課題である。

(上毛新聞 2004年3月28日掲載)