視点 オピニオン21
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エフエム太郎番組制作スタッフ 高山 栄子さん(太田市東別所町)

【略歴】東京都生まれ。太田南中卒。民間会社勤務を経て主婦業に専念していたが、1990年から多くのボランティア活動に携わっている。

蓄音機の音色



◎人の善意でよみがえる

 わが家に一台の蓄音機がある。終戦が一カ月後に迫っているとはつゆ知らず、東京から仙台に疎開した折、仙台駅で家財を被災した中で残った何点かの一つである。

 FMスタッフのM氏から知人が処分するという古いレコード盤をもらい受け、蓄音機によるレコード鑑賞としゃれ込んだ。併せてMDに取り込み、番組で流せないかとの提案があり、それではとばかり現物を局に持ち込んだ。が、果たして音は出るか?何しろ某音響メーカーの犬が耳を傾けているマークに酷似した代物なのだから、古さは想像できようというもの。

 おっかなびっくり、そっと針を下ろすとハイフェッツのバイオリン、ホロビッツのピアノ演奏が響き渡るではないか!これに意を強くした私たちは休みなくネジを巻く。新スタッフのOさんも加わり、MD録音に挑戦。ガガガガ、バリバリ…。何だ、この音?ああ、何ということか。珍しさも手伝って、つい過酷な扱いをしてしまった、ということか。

 古い蓄音機、それは幼くして死別した父の思い出そのものであった。この出来事は、私にとって衝撃だった。打ちのめされて色を失い、言葉もなかった。夫が大学時代の友人と信州へ星の観察に出掛けて不在の自宅に、壊れた蓄音機を持ち帰って一人ポカーン。その日からM氏は近隣やインターネットで、Oさんは知人の手づるを頼りに修復の店探しに奔走してくれた。

 ある晩、Oさんから「修理可能ですよ!」とファクスがあった。何と、Oさんのご主人が見つけた本の中にその人、井上氏がいた。井上氏は、その世界では知る人ぞ知る年代物オーディオの救世主で、無い部品は手作りしてしまうというほどの専門家であり、コレクターでもあった。その日のうちに修理を依頼し、やがて返送されてきた。さっそく試聴したが、どうもいけない。私の取り扱いがよくなかったのかと躊躇(ちゅうちょ)しつつ、再度、手紙を添えて井上氏のもとへ。

 三日後、丁寧な梱包(こんぽう)で送られてきた蓄音機は、前にも増して高らかに奏でた。前回の不具合は梱包不良によるもので迷惑をおかけしました、と詫(わ)びの手紙とともに五枚のレコード盤が入っていて、何と針まで添えられていた。そして、この蓄音機の年代や取り扱い方を教えてくださり、私は初めてこの蓄音機の生い立ちを知った。それにしても何という幸運。知り合って日の浅いOさん、そして本屋で資料を見つけ出してくださったご主人、商売の枠を超えて修理してくださった井上氏。

 思いもかけぬことで、思ってもみない方々に温かく包まれることの何という心地よさ。一台の古びた蓄音機(でも、とても品のある良いもの、と井上氏はおっしゃった)は、父の思い出とともにたくさんの人の善意が加えられ、きっと長生きしてくれるだろう。ちなみに、推定年齢は八十歳を優に超えているそうだ。何しろ大正年代製ということだから。

(上毛新聞 2004年3月23日掲載)