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前橋工科大学教授 遠藤 精一さん(神奈川県鎌倉市)

【略歴】東京・四谷生まれ。早稲田大理工系大学院建築計画専修を修了後、槙都市建築総合計画事務所に入社。1974年にエンドウプランニング一級建築士事務所を設立し、98年から前橋工科大学教授。

望まれる日本の価値



◎手助けできる人間力を

 日本社会の価値基準を考えてみると、時代の反映により変化が大きく見てとれる。戦後の混乱期を乗り切り、経済の進展に伴い価値の基準は質より量へ移ったように思う。

 しかし、昨今の価値基準の変化は明らかに物の量に価値を置き過ぎた結果、社会のいろいろな分野に歪ひずみをつくり出している。すべての価値を経済の指標の大きさのみで測ろうとすることに起因している。言い換えれば、経済的に成り立つものだけしか存在できない、と大多数の市民は感じている。現在、われわれが抱えている価値の混乱の多くは、まさにこの経済の方程式に乗らない価値を皆で支え、その維持をどのようにして進めるかを考えることで解決できる。

 日本の林業が壊滅状態にあることは多くの人々が知っているが、その再生が日本の国土を人が生活するための望ましい環境として維持するためには、必要欠くべからざる事業である、との認識はそれほど浸透していない。この事業を維持するためには、林野庁に任せておいて、毎年膨大な赤字を計上している現在のあり方を経済計算のみで計るのではなく、その行為が自分たちにとって大切であり、山での労働の意味を理解する若者を育て支える市民の価値感をもっと目に見える行為に置き換える仕組みをつくる必要がある。

 この価値感は山だけでは当然なく、海での漁業でも田や畑での農業でも、また生活環境の重要な役割を担う建物を造る職人の方々の伝統技術の維持等を含めた多くの試みを皆で応援し、社会の柱としての価値に育てることが必要である。

 そして、このバランス感覚は日本の枠を超えた世界の状況でも十分機能を発揮する力になるはずである。経済の枠組のみで物の価値を計ろうとする、先進諸国の強烈なイニシアチブに対する経済発展途上国の批判勢力との反目状態でもある現在の国際状況を打開する力は、われわれが工夫する技術とバランスのよい価値感にある。

 わが国が世界でもまれな経済発展を遂げた国であることは、世界の多くの国々の人々が認めるところではあるが、反面、その発展を成り立たせるために捨ててきた価値も多々あることをそろそろ理解する必要がある。また、日本の経済成長を支えた多くの資源提供国への教育環境の提供をはじめ、日本が率先して試みる必要がある環境造成や海洋牧畜技術のノウハウ等を提供することで、単にお金を援助することとは異なり、人と人との新しい関係を構築することができる。

 いま日本の望まれる価値は、世界の人々が自分たちの力で豊かな環境をつくり出す努力を、手助けする人間力であろう。そのためには若い時に、諸外国での生活実習ができる教育カリキュラムも必要であり、また異なる民族とどのような付き合い方があるかを自分の感でとらえ、何が得かではなく、何が大切であるかをつかむことのできる若者の育成と、その行為を支える市民の理解を得ることも重要な課題である。

(上毛新聞 2004年3月1日掲載)