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フランク英仏学院副学院長 フランク佳代子さん(前橋市小相木町)

【略歴】早稲田大卒。日本レールリキード社、在東京コンゴ大使館勤務を経て、仏・米に留学。米カレッジオブマリン卒。1978年に帰国。翌年、夫とともにフランク英仏学院を創設。同学院副院長。

女子高生の英作文



◎心から平和念じたい

 「私たちにとって一番大切なものは何でしょう? 私は平和だと思います」。十六歳の萠(仮名)の英作文はこう始まっていた。すべての基礎が平和だと彼女は考える。起きて食べて、心安らかに眠りに就くという、このごく当たり前の人間の条件を奪われた人たちが増えている。だが、周囲を見ると、ブランドだのケータイだのと、世界で起こっていることなど全然気にしない子が多すぎる。

 「無関心をやめて傷ついている人たちのことを考えてください」。萠は訴える。でも、どうしたら、この底なしの泥沼のような終わりのない争いを止めることができるのか? 「私に何ができるの? この小さい私に?」。萠はハタと詰まる。英作文の指導をしていた私もこの先、どう進ませてよいのか分からない。「その答えは先生にも見つからない。もう一週間、考えてみよう」と言って、その日のレッスンを終えた。

 萠は五歳の時からの私の教え子である。六年生になるころには、簡単なストーリーも英語で組み立てられるようになった。夏休みには、宝くじを当てて世界旅行に旅立つというお話を作った。ラスベガスで有り金を全部奪われるのだが、大きな雁(がん)がやって来て、ガラパゴス島へと運ばれるといった、ファンタジーにあふれた物語だった。絵も描けたので、かわいらしい紙芝居が出来上がった。

 私はまれな才能と見ていたのだが、中学に行くとそんな創意性など育つどころか認められもせず、さまざまなプレッシャーに疲れて英語もやめてしまった。だから、高校に入った彼女が戻って来たときは、ひどくうれしかった。一年もたつと実力も伸び、少女は自分の考えを立派な英語で表現できるようになった。だがらこそ、今一番気になっている問題を主題に選んだのだ。

 「どう? いい考えが浮かんだ?」「うーん、やっぱり祈ることしかできないよ」。多くの人は神社や教会で家族のことや自分のことを願う。でも私は、争いがなくなるよう祈る。もし地球上の三分の二以上の人が真剣にこの星の平和を念じるようになれば、何かが変わると彼女は思う。豊かな国には自己中心的な子が多い。でも、私は日の当たらないところにいる人たちのことを思っていく。「本当? 実行しないと、きれいごとばかりって言われるのよ」「うん、もうやっているよ」。縦に振った細いうなじに強い意志が込められていた。

 次の瞬間立ち上がると、萠はホワイトボードに、ジョン・レノンの『イマジン』の言葉を書き始めた。「想像してごらん。全すべての人が分かち合うこと。所有もなく欲もなく飢えもなく…」。中学英語を終えた今の子には、このようにシンプルな詩は英語の方が琴心に触れるのか、横文字で全文を書いた。「君は僕が夢想していると思うかも知れない。でも僕だけではないんだ」。スペルミスは一つだけだった。丁寧に確かめるように書いた。

 戦争体験もない十六歳の少女も今、ひとつの時代が終わったことを感知している。彼女のグローバルな想像力と感受性、そして何よりも優しさに深い感銘を受けた私も、日に一度はかの荒れ果てた地に想おもいをはせ、心から平和を念ずるようになった。

(上毛新聞 2004年2月23日掲載)