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県立歴史博物館長 黒田 日出男さん(東京都練馬区)

【略歴】東京都生まれ。早稲田大卒、同大大学院修了。東京大史料編纂所教授、文学博士。第7回角川源義賞受賞。著書は『龍の棲む日本』(岩波新書)『謎解き 伴大納言絵巻』(小学館)など十数冊。

群馬の観光



◎魅力的な風景生かそう

 群馬は母の出身県であり、小さいころのわたしは、何度も夏休みの安中市秋間へ行った。だから、特別な感情がある。とはいえ、少年時代以来、群馬へ向かう車窓に広がる風景を、しみじみと眺めたことはなかったように思う。

 ところが、毎週、群馬県立歴史博物館へ通うようになって、車窓からじっくりと風景を見詰めるようになった。家々のたたずまいはどうか、田園の様相や河川の姿は、というように、そのような群馬の風景の観察が、とても意味のある経験となったことは言うまでもない。妻の実家がある栃木県の風景との差異を考えてみたり、これまで旅したことのある諸地方のそれとの比較をしたりしていると、あっという間に群馬歴博に着く。

 そうした車窓の楽しみとなった観察によって、とても鮮やかに感じるようになったことがいくつもあるが、そのなかの一つを紹介しよう。それは、群馬から見える山々のことだ。

 そもそも群馬県人にとって、山々の見えかたは特別であるらしい。たとえば、歴博のスタッフのなかで、どこから見える赤城山が一番姿が良いかが話題になったことがある。赤城山の周囲に家がある、ないしはかつて家のあった人にとっては互いに譲れない点らしく、どこからの眺めがよいかをめぐってひとしきり自慢話めいた言い合いをしていたのが微ほほ笑えましかった。それくらい赤城山は郷土にとって重要な存在なのだなと感じたものである。

 わたしにとってとりわけ強い印象を受けたのは冬の山々であった。赤城・榛名・妙義はもちろんのことだが、東北方向には日光の男体山が、西方向には浅間山が、それぞれの特徴的な姿を真っ白にして、冬のブルーの空にくっきりと浮かんでいた。見飽きることのない姿である。群馬の山並みは上毛三山だけではないのだ。上野を中心とした『神道集』の神話世界になぜ日光や浅間が登場するのかが、これほどすっきりと納得できた瞬間はなかった。

 このすばらしい山々の眺望をいかに演出できるかが、もしかすると群馬歴博にとっても肝心なことなのかもしれない。

 素直な意見を言うと、群馬の観光ないし「観光政策」は、この魅力的な風景を十分に生かしていないのではないか。風景とは、むきだしに見えるものではない。さまざまな物語や神話に包まれたイメージになっていなければならない。県民にとってはもちろんのこと、訪れてくる外部の人々のためにも、群馬の風景を歴史・物語・神話に彩られた豊かな世界に育てていくべきだろう。

 ところで昨年七月に、群馬歴博には、小さいけれどもミュージアムショップができた。群馬の歴史の本がよく売れているように聞いている。群馬の物語と神話に包まれた風景が、そこでも紹介できればと思う。観光振興のための工夫は、県のどの施設でも考えられるはずなのだから。

(上毛新聞 2004年2月7日掲載)