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◎ぬくもりが伝わってくる 築百五十年のカヤぶきの民家を改修し、暮らし始めて十年になります。露にぬれたカヤ屋根が、朝の陽ひに輝く美しさに息をのみました。街の中で育ったので、囲い炉ろ裏りに思い出などありようがないのに、薪まきから噴き出すオレンジの炎や白紫に立ち上る煙が無性に懐かしく、いつかどこかで見たことがあるような気がします。 真っ黒な柱や梁はりを見上げていると、手で削り、組んで作った仕事のぬくもりが伝わってきます。縁側、高い天井、広々とした座敷や美しい無む垢くの木の建具に、昔びとのたおやかな暮らしが沁しみてきます。吹き渡る青い風を感じながら畳にごろりと寝転んでウトウトと午睡をとるひとときの心地よさは、たとえようがありません。 「なぜ、こんな暮らしを」「なぜ、古民家に」とよく聞かれます。病弱だった長男を育てるために安全な食べ物にこだわるようになり、豆腐や味み噌そ、漬物も手作りし、農薬が嫌なので米や野菜も作るようになりました。それで、田畑の近くに住みたい、貯蔵場所がある家がいいと、古民家を探し始めました。 田舎の物件は安いのだから別荘代わりにあればいいかなと、最初は遊び半分でした。ところが十年近く探し続けるうちに、朽ち果てた古民家をドッサリ見てきて、つくづく日本という国の情けなさに腹が立ちました。昔の街並み、建物、家具、食べ物にこだわり、驚くべき執念で守り抜いているヨーロッパに較くらべると、古きよきものが徹底的に壊され続けている惨状を見るにつけ、気に入った家が見つかれば、どんなことをしても直して住もうと考えるようになりました。 不動産業者から紹介されたこの古民家に、一目ぼれしました。山を背負っていて、自然の水が湧わいている井戸、建物や建具、カヤ屋根が手を入れられずにそっくり残っていました。馬小屋に牛小屋、外には便所や五右衛門風呂もあり、大昔にタイムスリップしたようでワクワクしました。 さらに、生け垣にはお茶の木が植えられ、敷地にはフキ、タラノメ、ウドなど食べられるものがたくさんありました。また当時一人で暮らしていた八十四歳のおばあさんが、水道もなく、ひしゃくで汲くむ暮らしをしていたことにも心打たれました。わが身のエコロジーの貧弱さを知らされ、よりいっそうここで暮らしたいと思いました。 でも買うかどうか、何カ月も迷いました。お金がない私たちが住めるように直せるのかが、一番の問題でした。今住んでいる家を売り、その資金で古民家を買い、さらに修復までせざるを得ない乏しい経済状態。しかも家は土台が腐って傾き、畳は歩いただけでズボズボと抜け落ち、建具は開けたてできず、壁は崩れ落ち、カヤ屋根は腐って数カ所で雨漏りしていました。 修復の知識どころか、建物に興味や関心がなかった私たちが、ただ「住みたい」の一念だけで、よくここまでやってきたと今になっても不思議な気持ちです。 (上毛新聞 2003年12月25日掲載) |