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◎微妙な光で知る強烈さ 七月から九月上旬まで、新潟県妻有の六市町村(十日町市、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町)で開かれた、第二回大地の芸術祭(越後妻有アートトリエンナーレ2003)というアートフェスティバルに参加することになった。世界的なアーティストも多数参加する、大規模な芸術祭だったが、大学の研究室の参加もあっていいだろうということで、法政大学渡辺研究室もどうにか参加者に加えていただいたのである。 作品展示のための敷地が、絹織物で知られる十日町市内だったこともあり、織物の町をテーマに「繊維=ファイバー」を用いた作品を作ることにした。最先端の繊維といえば、光ファイバーである。光ファイバーは国際電話回線や高速インターネットには不可欠な素材だが、東北大学が開発に深く関与したことはあまり知られていない。 ぼくたちは十日町市内のとある空き地に、光ファイバーを用いて「ファイバー・ストークス」という作品を制作した。タタミ二畳サイズの二十三個のボックスに植えられた千百四本の光ファイバーの茎が「ファイバー・ストークス」の由来である。作品の趣旨は「光る くさむら叢」で、昼の間は白茶けた草むらのように見えるが、夜になると光ファイバーの茎が発光することで、ささやかな、しかし不思議な、光の場をつくり出すのである。「ファイバー・ストークス」は大地の芸術祭終了後には新潟県上越市主催のフェスティバルで展示された。さらに、ボックスを小型化して二十ボックスにしたものを新潟観光コンベンション協会主催のイベントで展示していただけることになり、今月六日に設置された。この作品は今月二十五日まで新潟市の万代橋脇で展示されている。 大地の芸術祭終了後には解体されるはずの作品がその後二度にわたって展示されることになったのは原作者としてはうれしい限りだが、いろいろうかがってみると、みなさんが私たちの作品に関心をもたれたのは、必ずしも、光ファイバーという先端素材のせいではなくて、「ファイバー・ストークス」が、とてもデリケートな光を出すところにあるようなのである。癒やしの光というような声もあった。 いま、街角は蛍光灯などの光でこうこうと照らされることが多い。街路が明るいのは安全でよいようなものだが、果たして、今日、日本の都市の街路は明るすぎないだろうか。安全性と効率性を優先するあまり、不快なほどまぶしい人工照明に私たちはさらされていないだろうか。いつの間にか、そういった過度な光の環境に私たちは飼いならされてしまってはいないだろうか。 街角に光をまきちらす業態のひとつに「コンビニ」がある。コンビニの店内は大量の蛍光灯で均一に照明されている。ぼくたちの作品も光源はじつはコンビニのそれとおなじ蛍光灯なのだが、光ファイバーの側面と先端からもれてくる光はか弱くて、強力な「街の灯」の中ではほとんど見えなくなってしまうほどである。じっさい、十日町市でも新潟市でも付近の街灯を展示期間中には消灯する許可をとる必要があった。でも、そういった微妙な光を見ることで、街灯、ネオン、店舗照明など、現在の街の明かりがいかに強烈なのかを感じとることができるのだ。 (上毛新聞 2003年12月18日掲載) |