視点 オピニオン21
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音楽家・大泉町スポーツ文化振興事業団理事 川島 潤一さん(大泉町中央)

【略歴】青山学院大卒。2003年に教則本を発表。自己のトリオでNHK国際放送、同FMに出演。音楽クリニックを主宰し、音楽を通じた人間文化を追求している。国内外にミュージシャンの知人多数。




◎私たちに勇気を与える

 冬の足音。さあ、どんな音だろうかと考えると、説明に戸惑う。しかし、感性から考えると、地球に存在するあらゆる生物が感じる気配という音のようなものであるように思える。もちろん、四季のない所もある。

 そもそも人間の聴覚は耳だけの仕事でなく、音や言葉は空気の振動として耳に入り、信号として神経に伝わり、脳で認識されて初めて音や言葉が聞こえてくる。季節の移り変わりの温度や湿度の変化、空気の振動率の微妙な違いや、環境、風景、風、食べ物など、一日一日違う変化の響き。また、音は音色という色彩も持ち、映像でもある。強感覚の人もいるが、われわれ一般人でも自分流に色別でき、風景を描写できる。そこには臭においや味もあります。自分の好きな曲を目を閉じてじっくり聞くと、深い思いが心の底から浮かび上がってきます。音は自然であり、生命に勇気を与えてくれます。音は周囲に沈黙して初めて、その存在をよみがえらせる。

 音には暴力もあります。例えば、大きな音は耳を傷つける要因の一つでもある。聞こえにくいから、楽しいからと、必要以上に大きな音で音楽やテレビ、ラジオなどを聞いていたり、イヤホンや電話など、音源が近いものを長時間使用すると、耳の感度は鈍くなるようです。また、大きい音の中で仕事をする人もいます。耳は休ませなければなりません。森や川、海に行くと、自然の音の美しさに驚きます。風や水の音、生き物の声。雪の降る音などは、また格別の趣があります。

 豊かになった社会は、たくさんの恩恵をもたらしてくれる半面、さまざまな歪ひずみを出している。重要な知識や情報があり過ぎて、真のものが見えにくくなっている。今、日本人一・七人に一台ともいえる携帯電話。常に誰かとつながっていないと、不安になってしまう。音源が近過ぎて、周囲の音や遠くの音に頓とん着ちゃくを感じなくなり、周囲とのバランス感覚が失われてきている。気配も同じことがいえる。何か先を急ぎ、回答を早め、中心を見極められなく、錯覚してはいないだろうか。

 人間が本来持っている感覚や感性を脳の中にしまっておかないで、引き出してくる努力が必要です。スピードが重んじられ、利便性が先行し、画一的なことへの要求度が高まり、自身を見失っていないだろうか。現代の文明や文化、学問があるのは、ゆっくりとした時の流れの恩恵であることを忘れてはならないと思うのです。

 秒速二九・八キロの軌道速度で宇宙を飛ぶ地球。その中で暮らす私たちは、地中や大地からの音や鼓動を感じ、自然の音から色や臭におい、味、そして気配を感じる感性を持っていることを思い起こして、自身を再発見し、感動して、成長した明日の自分を夢見ることを忘れてはならないと思います。音は私たちに勇気を与えてくれるものです。

(上毛新聞 2003年12月11日掲載)