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獣医師 安田 剛士さん(沼田市戸鹿野町)

【略歴】日本獣医畜産大大学院修士課程修了。獣医師。沼田市で動物病院を開業。環境問題に取り組み、群馬ラプターネットワーク、赤谷プロジェクト地域協議会事務局長。県獣医師会員。

環境問題と暮らし



◎早急に適切な対応を

 戦後半世紀の間に、われわれの社会は大きく経済成長し豊かになりました。しかし一方で、里山や平地林あるいは平地の湿地や草原などのいわゆる里地は、開発が進み、日本の伝統的な風景や環境は失われ、荒廃してしまいました。そしてその陰では、絶滅や絶滅の危機に瀕ひんしている野生生物もいます。また、人間の生活域に出没するようになった(あるいはせざるを得なくなった)野生動物は、本来の生息環境では遭うはずのない交通事故や激突事故などのさまざまな事故や、農薬中毒、伝染病に罹かかるようになってしまいました。

 また都市化が進み、中山間地では農林業の衰退に伴い里山環境が荒廃し同時に、野生動物による農林業被害が目立つようになっています。農林業の振興策として行われている圃ほ場じょう整備事業や林道整備事業あるいは治山事業に見られる砂防ダムや沢の改修工事(コンクリートの三面張り化)は、生産性の向上には貢献するかもしれないが、農林業の担う多面的機能の維持や発揮の観点、特に生物多様性の保全と健全な生態系の維持からは、生息地の破壊、分断、繁殖妨害などのきわめて重大な負の影響を及ぼしていることが懸念されています。山奥まで延びる林道は、一般車進入禁止にもかかわらず、レジャーを楽しむ多くの人々が車で通行することで、静寂な環境が失われ、イヌワシやクマタカといった絶滅危き惧ぐ種の繁殖が妨害されています。

 平野部では、宅地開発などによって、多くの平野林や草原は消失し、湿地もその陰湿なイメージから嫌われ宅地に姿を変えてしまいました。身近な自然が失われた現在、子供たちはわざわざどこか遠くに出かけなければ自然と触れ合うことがなくなりました。自然と接したことがない子供たちが大人になったとき、彼らが担っていく未来の生活環境・自然環境は想像し難いものがあります。

 治水事業で河川が改修されると河原や水辺林は消失し、季節に伴い変化する流量と水辺林がつくり出す複雑な環境に適応してきた多くの生物の生活場所が失われました。そして現在の河川は極端に言うと、放流したアユしか棲すめない、単調で面白みのない環境になっています。そのように改変された河川環境にカワウが生息域を拡大し、アユを食害するので駆除申請がなされカワウが駆除されています。駆除よりもまず多くの生物が生息する豊かな川を蘇よみがえらせることが優先されるべきではないでしょうか。

 このようにわれわれは安定した安全で豊かな暮らしを守るために、自然環境を人間にとって直接的に都合の良いように改変してきました。ところが不幸なことにその作業には環境の保護・保全対策が欠如していました。そして近年になり、前述した負の影響がいたるところで目立つようになりました。野生生物とその生息自然環境は、われわれの暮らしを支える背骨であり、未来に向けわれわれが選ぶべき道筋を示してくれる指標です。早急に適切な対応が求められています。

(上毛新聞 2003年12月3日掲載)