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◎水にまつわる思い出 上毛新聞に掲載していただくことになったので、最初に私と群馬県とのかかわりについて述べてみたい。 私は、群馬県吾妻郡東村箱島という所で、昭和二十一年十二月に生まれた。戦後間もないということもあったのだろう。母が出産のため実家のある箱島に戻り、私が生まれたのである。そこで育ったわけではないが、子供のころは、何かというと箱島を訪れていたので、私にとっては、ふるさと箱島というイメージが強い。 箱島は、上越線の渋川駅から中之条行きのバスに揺られて山道を登る途中にある。渋川駅は、多くのバス発着場になっていた。私は兄弟三人の長男だが、三人だけで箱島に行く時には、母からバスを乗り間違えないようにと何度も注意されたから、中之条という地名は、私の頭に刻み込まれている。私が子供のころのバス道は、舗装のないでこぼこ道だった。箱島の手前には深い谷がある。昔のバスは、その谷に架かっている橋の前で必ず止まったものである。すると乗客は、停留所でもないのに全員荷物を抱えてバスを降り、徒歩で橋を渡る。それを確認すると、バスがしずしずと橋を通ることになる。 子供のころはなぜそのようなことをするのかわからなかったけれど、今思うと、谷に架かっていた橋が弱くて崩落する危険があったのだろう。安全のため、乗客と荷物を先に渡らせ、身軽になってから、バスが通っていたのである。そのようにしてたどり着く所が、箱島だった。 箱島には、「お不動様」と呼ばれる山のお堂があって、そのご神木である大杉の根元から豊富な湧わき水が流れ出ている。その水は、環境庁(現環境省)が認定する「日本名水百選」にも選ばれた。お不動様に行く途中の山の中腹に家のお墓があったから、お墓参りの前後には、よくお不動様まで足をのばしたものである。 箱島の思い出も、水に関することが多い。小川をせき止めて泳いだり、ワサビ栽培地の石をひっくり返してサワガニを捕ったりした。お不動様の水は、水質が良いだけではなくて、水量豊富なことに特色がある。豊かな水が地域内に行き渡り、あちこちに水車があって、どこへ行っても、水音の絶えることがなかった。 私が社会人になったころには、かつてのでこぼこ道は舗装され、橋も立派になって、一気に箱島まで行けるようになった。母が七年前に他界してからは、その箱島からもめっきり足が遠のいた。お不動様の水は、今も変わらず流れているが、水車はなくなり、多くの小川が、コンクリート製の用水路になった。 発展の過程で失われたものも大きいが、私は、ふるさとの思い出を持っていることを大変幸運に思い、また両親や村の親しん戚せきに感謝する。そのようなふるさとの味わいは、キャンプ場やホテルではなかなか味わえない。ふるさとの味わいとは、人のぬくもりである。どんな地域でも、それを大切にすることが、地域振興の原点と思う。 (上毛新聞 2003年11月29日掲載) |