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◎失ってはならない誇り 先日、久しぶりに群馬の森を散歩した。私の勤めている日本原子力研究所高崎研究所はこの群馬の森に隣接している。昼休みとはいえ、平日でも結構ウオーキングやジョギングをしている人が多い。群馬の森を入ってすぐ左に県立近代美術館があり、ザ・ミュージアム・オブ・モダン・アート・グンマの文字が見える。中学校時代の英語の勉強でアート・イズ・ロング・ライフ・イズ・ショート(芸術は長く、人生は短し)ということわざを暗記したことを思い出す。 これは、医学の父ヒポクラテス(紀元前五世紀ごろ)の言葉だと聞かされていたのだが、ヒポクラテスと芸術(アート)が結びつかず、なんとなく気になっていた。たまたま読んだ哲学者の中村雄二郎氏の著作に、このことに触れたものがあった。これはギリシャ語からラテン語に翻訳され、その後英語のことわざになったもので、アート(ラテン語ではアルス)は、ヒポクラテスの元の言葉ではテクネー(ギリシャ語)であるという。 この言葉は、テクノロジー(技術)という形で英語にも入っており、科学とあわせて、「科学技術」という言葉が示すように、われわれ理科系の人間にとってもなじみの深い言葉である。 医者の倫理の規範として現在にも伝えられている「ヒポクラテスの誓い」でも、この言葉は、医術の意味で使われている。ヒポクラテスの「テクネーは長く、人生は短い」という言葉は、芸術の永遠性や至高性を言っているのではなく、自分の(医)術が、世代を超えて受け継がれていくことを語ったものだと考えると非常に良く理解できる。 ところで、今月の八日に文部科学省が「わが国の研究活動の実態に関する調査報告書(平成十四年度)」を発表した。これは、民間企業、大学、公的研究機関で研究活動を行っている研究者から約二千人を無作為に選び、調査を行った結果をまとめたものであるが、この中に、「科学者、技術者という職業を選んだ理由」という設問に対する回答を、約十年前の平成五年に行われた調査結果と比較したものがあった。 今回の調査結果では、「科学技術に夢を感じていた」という回答が、前回の32・7%から、23・1%に減少し、同じく「自然の真理を探究したかった」という回答も、32・2%から18・8%と大きく減っていた。逆に、「有益なものをつくり出して社会に貢献したかった」という回答が、24・5%から34・1%に増えていた。 これは、科学技術に携わる者の意識として、真理探究という形而上的な価値観よりも、具体的な成果や実用的なものを重視するようになってきたことを意味する。このことは、科学技術が夢や憧(あこが)れの対象ではなく、われわれの日常生活に根付いたものになってきたと考えれば、望ましいことであろう。 ただ、科学技術があたりまえのものとなっていく中でも、ヒポクラテスの言う「テクネーへの愛」、すなわち自らの学問、技術に対する誇りと思い入れは、失ってはならないものだと私は思っている。 (上毛新聞 2003年10月22日掲載) |