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◎欠けている強い指導 人間叱(しか)られる時は成長する要素が多く、褒められている時は、危ない要素が多いといわれています。叱ることもまた大切と思います。 今の教育は、褒めることが主流になっていると思います。逆に叱ることが非常に難かしくなっている状況ですが、どこか間違っているような気がします。当然「叱る」と「怒る」は異なります。この区別はしておかないといけません。叱ることはきわめて有効ですが、怒ることは間違いが起こりやすいからです。 昭和三十五年の春、私が教員として東京中野区の中学校へ赴任することになった数日前、母親からしみじみと「お前は、気が短いから決して怒って生徒をなぐることのないよう気をつけなさい」と言われました。この言葉は、私の教員生活の中で最後まで心の中に宿っているものとなりました。 私が教員になったころは、体罰は今ほど厳しくなかったし、生徒も先生の指導には素直に従ってくれたように思えます。しかし、時には生徒を強く指導(叱る)することがあったのも事実です。学校生活の中で態度や遅刻、けんかや成績不振等があった場合です。この時、本人が間違いをしっかり受け止める効果的な叱り方はどのような方法や話す内容が良いか、私の教員時代を通じて課題となりました。 褒める方がはるかに楽な指導です。叱ることは、それにより本人が深く反省し悔い改めてその後の生活に役立つことが大切であり、それができた時に機会を逃がさず褒めることが大事なことと思います。 当時も厳しくて怖い先生がいましたが、熱心で愛情があり生徒からは大変な尊敬の念を持たれておりました。ある面では厳しさを求めている生徒も多いと思います。私の場合は、大学の授業でも強調された「褒める教育指導」を実践してきたつもりですが、いつも気になっていたのは、いかに上手に叱るかでした。もちろん叱ることは、褒めることが前提であるべきと思いますが、叱るのが上手な先輩の先生を羨(うらや)ましく思ったものでした。 しかし、現在の教育現場は、褒めること一辺倒になりすぎていないでしょうか。叱ることはいけないような錯覚を持っている先生はいないでしょうか。家庭においてもそうです。親が子供に対して注意もできないので先生からよく注意してくださいという話はよくあります。最近日本の先生や親に対する尊敬度が欧米のそれより大分低いという情報があります。これは生徒や子供に対して強い指導(叱るを含めて)に欠けていることに原因があるのではないでしょうか。私も思えば、厳しかった父や先生、先輩のおかげで今があるような気がしますし、なつかしさと感謝でいっぱいです。 昔から人間の育て方や教育の在り方について、「二つ叱って、三つ褒め、五つ示して、人を育てる」という言葉があります。この言葉を昔の人は心得ていて子供の育成にあたっていたのではないかと思われます。教育の普遍性もこの辺にあると思います。 (上毛新聞 2003年10月18日掲載) |