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井田歯科クリニック副院長 井田 順子さん(高崎市末広町)

【略歴】日本歯科大学大学院修了、歯学博士、同歯科大講師。AO認定医。専門は口腔外科。埼玉県立がんセンター、独協医科大助手、東札幌病院医長、日高病院医長を歴任。新潟県出身。

がんの告知



◎個々に応じた対応を

 皆さんはがんになってしまった時、どのように告知されたいですか。

 私が卒後、教授からがんを患者さんに告知する時には、その患者さんを取り巻く家族や社会性(仕事)、性格などを良く理解し、自らが背負うくらいの覚悟をして告知するように教えられました。

 私の告知のプロセスをお示します。検査の結果、がんであると診断されると、私はその患者さん本人に告知をすべきか、すべきでないかを十分考えるようにしています。患者さんの年齢、職業、家族、そしてそれぞれの患者さんの治療方法や治療後どのようになるのか(機能がどの程度変化するのか、食事や会話がどのようになるのか)、五年ないし十年の生存率などなど、私なりに個々の患者さんについて記載していきます。

 そして、家族の方に性格などをお聞きして、告知してよいかどうかを相談します。精神的に告知を受け入れ治療をしていくことに耐えられるかです。特に働き盛りで一家を支える立場の方は治療期間は仕事の休業を余儀なくされる場合が多くなるため、会社の上司にも説明する準備をします。治療後、仕事を失わないように社会復帰できるようにするためです。

 家族と十分に相談した結果、告知することになりますと、家族のお一人を選んでいただき、患者さんと私と時間を十分にとって検査結果を説明しながら告知するようにしています。この時、治療方針や治療後のことなどできうる限り不安を抱かぬようにすることは言うまでもありません。そして、患者さんの希望があれば、会社の上司の方にも別に時間をとって説明するようにしています。

 しかし、告知するか、しないかの判断は難しく、体のどの部分(臓器)のがんなのか、大きさや悪性度、病巣の進み具合や転移などなど、一元的に語れるものではないのも事実です。民間の医療保障の受け取りなどの多く問題を避けるため、すべての方に告知するのが適当と考える医師が増えています。患者さんは当然自身の病名を知る権利があるわけです。だからといって、すべての患者さんに告知することがはたして妥当でしょうか。ご高齢の方に告知して寿命の宣告になってしまったり、治療によって軽快治癒できるのに、悩みすぎてしまわれる方もいらっしゃいます。

 私は二十年近く医療者の立場すなわち告知する側にいましたが、三年前、義父が告知を受ける家族の立場に立たされました。次々と検査の結果が出て肺がんである可能性が高まり、はたして告知してもらうべきかどうか、家族のひとりとして、毎日のように考えていたものでした。

 しかし、担当医は家族への何の相談もなく、しかも、検査中に「あっ、がんが見えますねえ」と、あっさりと告知してしまったのでした。いつも強く、前向きの義父でしたが、この時にはずいぶんと落ち込み、家族も突然の告知にあっけにとられ、かける言葉の準備もないといった状況でした。

 本年再発し、七月に亡くなりましたが、再発時の告知にしても、患者本人や家族の受け入れや配慮に欠けるものであったと思われました。義父は治療がつらくなり、これ以上の治療はあまり効果がなくむしろ体力を奪っていくものと考え、あとどのくらい生きていられるのだろうかといつも案じておりました。いつも強かった義父だけに家族も心を支える言葉もかけづらいものでした。

 アメリカでは100%に近く告知されているとのことです。これはメンタルケアをするカウンセリングの体制がしっかりしていることや、主にキリスト教を中心とする宗教という心の支えがある背景があるからと思われます。

 今の日本のように精神的に十分にフォローできない環境では、患者さん個々のパーソナリティーや病状、治療後の状態などに応じた心の問題を十分に配慮して告知を考えるべきと思われます。

 皆さんはどのような告知を受けたいですか。実際の医療現場は、多忙の中、患者さん個々に応じた対応をするのは難しいのかもしれません。しかし、患者と家族の側に告知を選択する道を残しておいてほしいと思います。

(上毛新聞 2003年9月17日掲載)