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野反峠休憩舎勤務 中村 一雄さん(六合村入山)

【略歴】六合村立入山中卒。理容師専門校卒業後、神奈川県平塚市で理容師となる。1974年、六合村に戻り、父とともに野反峠休憩舎を経営。環境省の自然公園指導員や県の鳥獣保護員を務める。

クマと出合う前に



◎知識や配慮が被害防ぐ

 この夏もクマの被害に遭った人の話が何件か新聞に載りました。

 なかには、けがをしながらもクマを投げ飛ばした金太郎おじさんもいたりして、どっちが被害者なのか、首をかしげたくなるようなニュースもありました。

 この春、六合村でも山菜採りの二人がクマの被害に遭い、銃を持った猟友会の有害鳥獣駆除隊のメンバーの姿がテレビの映像で流れ、視聴者から、「かわいそうだから、クマを殺さないで」というメールが六合村役場に届いたと聞いています。

 その一方、野反湖を訪れる観光客やハイカーの中にはクマを何よりも恐れている人もいます。

 そういう人には「クマよりもクルマのほうが危険ですよ」と冗談まじりに答えています。

 日本に棲(す)む野生動物の中では、北海道のヒグマ、本州、四国、九州のツキノワグマは、注意しなければならない動物のひとつであることに異論はありませんが、クマはそんなに危険な動物なのでしょうか。

 八十六歳になった父は、三十代から七十代まで毎年、天然マイタケを採りに夏の終わりから秋にかけて山に入っていました。

 天然マイタケの生えるミズナラの大木は、クマの好物のドングリの木ですからクマに遭う機会も多く、「一日に七頭のクマに遭った」というのが父の自慢でした。

 また、耳にタコができるほど聞かされている話のひとつに「クマがこっちを見ていたので、オイ! クマちゃん、おれは帰るぞ」と言って帰ってきたという話もあります。

 そんな父の話ばかりでなく、子連れのクマは「グーグー」という音を出す、というのは山で生活してきた人の間で知られています。

 「グーグー」というクマの発する音が、子グマを呼ぶ合図なのか、近づく人間に対する警告なのかはわかりませんが、私もマイタケ採りに入った山で聞いています。

 山で暮らす人の持っていた知識や知恵を知る機会のないまま、キノコ採りや山菜採り、あるいは渓流釣りに出かけ、成果に夢中になるあまり、まわりの状況に気を配ることなくクマに遭ってパニックになるのが、クマの被害を生む一因になっていると思います。

 人や農作物に被害を与えたクマは「有害鳥獣」として罰を受けることになります。

 人間の社会も、人の生命や財産に損害を与えると罰を受けることも考えると、「かわいそうだから」という、前述のメールのような情緒的な意見や、「クマの棲むような場所に住んでいるほうが悪い」といったヒステリックな自然保護論者に賛成はできませんが、キノコ採りや渓流釣りで山に入る時の、ちょっとした知識や配慮がクマの被害を防ぎ、「有害鳥獣」を生まないことにもつながります。

 この夏の日照不足と低温で、クマの食べる木の実の不作が予想されています。

 餌を求めてさまようクマに遭わないよう、鈴を鳴らすなどの対策を立て山に入れば、一年間に三十数人の死亡者が出ているというスズメバチほど、クマは危険な動物ではないと思います。

(上毛新聞 2003年9月7日掲載)