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東洋大学国際地域学部教授・学部長 長濱 元さん(東京都西東京市住吉町)

【略歴】北海道旭川市出身、北海道大卒。文部省、経企庁、信州大などで行政、調査研究、教育に携わる。1997年より東洋大教授。専攻は社会学と政策研究。研究課題は科学教育システムの国際比較。

健全な多重人格の形成



◎立場や役割に応じて

 読者の皆さんは「ジキル博士とハイド氏」というイギリスの小説をご存じでしょうか。昼間は優秀な科学者として活動し、夜になると凶悪な犯罪者として活動する二重人格者を主人公にした小説です。このような二重人格者は、近代社会においては病人として扱われ、大変嫌われた存在でした。なぜなら、近代的な個人観では、自由・自主・自立(律)した一枚岩の完成された個人(人格)が理想とされ、そうでない状態(分裂症的な、多重人格的な状態)は病気として忌避されたからです。

 自立した個人(法人)間による契約関係を重視する近代社会では、社会契約にしろ、事業契約にしろ、相手の人格が複数であったとしたら、その安全・確実な担保を期待し得なくなってしまいます。近代社会建設の途上では、追求すべき理念として、統一的な人格が尊重されたのです。

 しかし、近代化社会が成熟してみると、経済発展による豊かな社会の実現の中で、その機能的な分業・専門化の進行が個人の多様化と孤独化を促進させる一方、国内統一やグローバル化によるさまざまな外部社会との接触の増大とその大衆化などが進み、個人を取り巻く社会はますます高度化・複雑化を増すようになってきました。このような社会の変化は次第に重い症状の患者だけでなく、一見健康に見える普通の人々の中にも、、分裂症気味(最近は「総合失調症」と呼んでいますが)、多重人格気味の人々を増加させています。「病気」の領域と「健康」の領域との境界が曖昧(あいまい)になってきたといえましょう。

 現実に存在する個々の人間は、単純に「善人」だったり「悪人」だったりするわけではなく、その両方の性質を備えていることはよく知られていることです。人々は家族や社会、地域や広い社会の中でさまざまな役割を演じています。仕事上の職務遂行の立場では、従業規則や契約、法令上の決まりを守って、厳格にその任務と責任を果たそうとします。また、仕事を離れた立場では、それらの拘束を離れて私的な立場から趣味や情緒の世界に浸ったり、純粋な気持ちから自由意思に基づく奉仕の世界に踏み込んだりしています。そして、理想と現実の狭間(はざま)で悩み、板挟みになっていることも多いのです。

 現代社会のように個人の価値観が多様化し、家族との間でさえ日常的に疎外されそうになるような環境の中では、自分の立場や役割を多角的・多層的に理解・認識し、複眼的に対応できる柔軟な人格を形成する必要がありそうです。言い換えれば、健康でソフトな多重人格が望まれているといえるでしょう。

(上毛新聞 2003年6月25日掲載)