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にいはる自然学校ディレクター 鷲田 晋さん(新治村羽場)

【略歴】愛知県生まれ。立命館大学産業社会学部卒。民間教育研修会社に12年間勤めた後、1999年、上野村にIターンし、観光業に従事。3月に新治村に移住、今月から現職。

新治村へ移転



◎野外活動は人を育成する

 三月に約四年間住んだ上野村を離れ、新治村に移住した。今度の仕事はプロの野外活動指導者である。オフィスを兼ねた古い民家を基点に、主に子どもを対象に川遊びやスキー、ハイキングなど、自然の中で遊び、田舎料理や昔遊びなどの伝統文化や、暮らしの知恵に触れてもらったりすることを企画・運営する仕事である。

 こんな仕事に就くくらいだから、よほど子どもの時、野性児のように野原を駆け巡った「がき大将」だったのではないかと思われがちであるが、実はそうではない。私が生まれ育ったのは愛知県の名古屋市のベッドタウンである。適度に都会で、適度に田舎であるこの地で、私はほどほどの団地っ子であり、ほどほどに遊んでいた。

 そして、高校時代、当時の愛知県は管理教育の最盛期であった。管理教育とは、一言でいえば「規則で子どもを従わせ、子どもの自主性を奪い、管理しやすいよい子」をつくる教育である。思考や体験を奪い、従順と画一性を要求する中で、子どもは無力化する。その反動からか、大学に入ると周遊券とユースホステルを利用して北海道に何度も渡り、さまざまな自然体験をした。痛烈におもしろかった。さまざまな人と自然と自分との出会いがあった。

 社会人になって、私はある山岳会に入った。働き出せば長期の休みもとれなくなり、北海道には行けなくなる。でも、あの体験を味わいたい。短期間でダイナミックな自然体験ができるのは登山だと考えた。

 山を始めて、やがて無力の自分を知らされる。自分の身の回りのことができない。パーティーでの人間関係がうまく結べない。しかし、登山を続けていく中で、自然と仲間からいろいろなことを教えられた。

 「あきらめずに進み続ければピークにたどりつけること」「自然の中での人間の弱さと、弱いからこそ協力し合うことが必要なこと」「やけになったり、あきらめかけた自分との折り合いのつけ方」。

 でも、最大の収穫は「自分や人間の可能性を信じられること」と「自分を愛することができること」ではないかと思う。可能性は新しい挑戦につながり、自分を愛することは人を愛することにつながる。壁にぶつかったとき思い出すのは、冬山でのつらい体験を乗り越えた昔の自分である。

 私は、北海道での旅、登山、そしてその後挑んだトライアスロンなどの「自然体験」こそが、自分の人格形成に大きく寄与したと思う。そして、それらをあえて「野外教育」と呼ぶのならば、「野外教育」は「管理教育」よりはるかにおもしろく、人の育成に役に立つ。

 私はそんな自分の体験を、一人でも多くの人にしてもらいたくて、新治村に移った。新治村では山野草が芽吹き、まもなく田植えが始まる。私たちも村の四季に合わせて、さまざまな自然体験のプログラムを用意している。おおいに自然の中で遊ぼう。

(上毛新聞 2003年4月27日掲載)