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◎子どもの視点で見直せ お茶の水女子大学では昨年十月から子育てをしながら研究を続ける大学院生を支援する目的で附属幼稚園内に保育所を設置した。保護者会で保育所に一歳児を預けている院生から「三歳児神話って本当なのですか?」と尋ねられた。小児科医から「三歳までは母親が育てた方がよい」と言われたというのである。 「三歳児神話」という言説は発達心理学者ボールビーが唱えた「愛着理論」(子どもは一人の養育者との安定した関係の中で愛着を形成する)に端を発したもので、いつのまにか“母子関係が中断されると母子間に心理的絆(きずな)はつくれない”という考えを人々の間に植えつけることになった。 「三歳児神話」の浮沈はわが国の経済動向、特に女性の労働力の必要性と結びついている。高度経済成長が始まり女性の労働力が必要になった一九七〇年代終わりから八〇年代前半にかけては、「母性」や母親による育児の必要性が叫ばれ、「母原病」(母親が原因で増える子どもの異常、久徳重守)という言葉までマスコミをにぎわすことになる。 しかし経済成長が著しく女性の労働力が不可欠になった八〇年代後半には「三歳児神話」は下火となり、世の中には産休明けから乳児を預かる〇歳児保育所が普及した。家族関係は「父親不在」から「父母共不在」へと変容し、「育児・教育の他人任せ」の風潮が進む。学校と塾のダブルスクールが日本全国に広がり、子どもの遊び時間が分断されたことで子どもたちは手っ取り早く楽しめるコンピューター・ゲームに飛びついた。生活時間の親子のずれは子どもの「一人食べ」を引き起こし、コンビニや弁当店が食事の外注(アウトソーシング)を後押しした。 現在は経済成長が低迷・下降期で女性労働力は専門的な職能期待とパート労働へと二極化傾向を見せる。これにこたえるように男性並みに夜遅くまで残業する女性の支援のための長時間保育を保証するための「二重保育」や手荷物を預ける感覚で子どもを預ける「駅前保育所」もつくられるようになった。 世の中の子育て支援への期待は女性の労働力の「男性化期待」と奇妙に一致している。それに歯止めをかけるかのように、今また「三歳児神話」が復活し始めた。 この言説は、“子どもの育ちを無視するな”という警鐘としての役割を果たしてきた。しかし警鐘を鳴らすだけでは社会を変える力にはならない。子育て支援は長時間保育の保証に向かうべきではなく、乳幼児初期の子どもをもつ家族の就労形態を変えることへと向かうべきである。フレックスタイムや在宅勤務、育児休業制度の徹底による父親の子育て参加のしくみを整え、子育て観を変えなくてはならない。 社会的弱者としての子どもの視点から親の労働形態や子育て環境を見直すことがわが国の労働のあり方や家族関係の見直しにつながり、人々が誕生から死まで共に生き、豊かに生きることにつながるのではあるまいか。 (上毛新聞 2003年4月7日掲載) |