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前橋工科大教授 樫野 紀元さん(さいたま市高鼻町)

【略歴】大阪府生まれ。東京大工学部助手を経て、国土交通省建築研究所入所。同研究部長を務め、2001年4月から前橋工科大工学研究科教授。著書に「日本の住宅を救え」などがある。

快適な空間



◎ハードとソフト両面で

 パリは良かった、ローマも…。圧倒的なスケールで迫る町並み景観、上辺にとどまらない人々のホスピタリティー。危険な目に遇わない限り、多くの人は海外で充実した気分になると言います。旅のだいご味は訪れた町のたたずまい(ハード)や人々のマナー、ライフスタイル(ソフト)に触れるところにあります。

 ヨーロッパの町はすべて類似則や反対則で造られています。類似則は建造物群の形態や色、大きさをそろえること、対比則はシンボリックな建物を町の中心に建て、その周りに低層の建物を類似則で配置することです。これにより美しい街並みが造られます。このことはヴェルトハイマーやムーン、ヴィルツホフらが十九世紀に学問的にも立証し体系化しました。ドイツでは今なお新しい町を造る時、中心部に鉄筋コンクリート造りの教会を建て、その周りにほぼ同じ形態、同じ仕上げの鉄筋コンクリート造り二階建て住宅を配置しています。

 かつては日本のどの町も、美しい景観を呈していました。城下町や門前町など、類似則や対比則で町が造られていたのです。ペリーが来日した時、「何て美しいところだ」と言ったそうです。

 古い建造物が保存されていて、ぶらぶら歩きが楽しい町、自然が残され地域の特色が生かされている町、そんな町が快を感じさせます。

 言うまでもないことですが町は、道路や上下水道などインフラストラクチャーが整備され、駅や商店、娯楽施設、行政のための建物などが合理的に配置されていること、すなわち住民が都市としての機能を十分に享受できる造りであることが求められます。

 しかし、いくら町並み景観(ハード)が良くても、そこに住む人々のマナー(ソフト)が良くなければ心地よくありません。古い町でのことです。買い物に来た小学生に商店のおかみさんが、かなり突っ慳貪(けんどん)に対応していました。おかみさんは、これだけしか買わないとでも言いたげでした。私はこの光景に殺伐とした気分になりました。行動に責任を持ち人に不快感を与えない、社会生活を送る上での基本マナーが日本では失われてきているように思われます。

 快適な空間は、良い人材、良い社会を造る基です。その中でこそ、創造的な仕事ができ、社会に貢献できる実力を涵(かん)養できるのです。今日の日本の町並みは全国どこへ行っても、建造物はひしめき電柱や看板は氾濫(はんらん)、歩道も十分でない狭い道に多数の車が行き交うなど、混乱を極めています。「居は気を映す」と言いますが、町並みの蕪(ぶ)雑さは、まさに今日の日本人の精神状態を反映しているように思われます。町は猥(わい)雑で整頓(とん)されていない方が活気があって良いなどと言う人もいます。しかしアンケート調査によれば、国民の75%以上が、多少不便でも緑が多く整っているところが好ましいと言っているのです。

 ハードとソフトが相まってこそ快適な空間が造られるのです。そこには人も集まってきます。甘えの気質で自分勝手、生活信条がなく人の目ばかりにとらわれる…。これらは日本の大人たちのおかしなマナーです。世界に貢献できる人材の育成、技術立国のためにも、町並み景観を向上させマナーを向上させるよう、互いに努力し合うことが肝要と思います。

(上毛新聞 2003年3月31日掲載)