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お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授、学術博士
内田 伸子さん
(千葉県市川市)

【略歴】沼田女子高校、お茶の水女子大卒、同大大学院修了。専門は発達心理学。子どもの発達研究センター長。放送大学客員教授。著書に「発達心理学」(岩波書店)「子どもの文章」(東京大学出版会)など。

国際理解教育



◎母語の習得がまず大事

 年明けに共同研究の打ち合わせをするため米国に出張した。フィラデルフィアで仕事をすませた後、以前から依頼されていた保護者や保育者への講演をするため、ニューヨーク郊外の「こどものくに幼稚園」に立ち寄った。私はお習字の得意な保育者の手による新年の挨拶(あいさつ)の掛け軸と手作りの門松の飾られた玄関で、子どもたちや保育者たちの輝くような笑顔と挨拶に迎えられた。

 この園では美しい日本語で保育を行い、日本文化を伝えるための環境設定に心をくだいている。早津邑子園長が若いころ、幼児教育の米国事情の視察に訪れたおり、在米日本人家族の子どもを現地校に入れたとたん、家庭以外では一言もしゃべらず、からだにも異常をきたす子どもたちが多くいることを知った。これが日本語で暮らせる園を創設しようというきっかけになったという。この園には「せっかく米国に駐在しているのだからバイリンガルにしたい」という親心から現地校に入れられ、心やからだが傷ついた子どもたちが多く入ってくる。子どもたちは日本語で自由に話せる環境の中で、しだいに、表情を取り戻していく。

 「子どもはおとなにくらべて、ことばを覚えるのが速い」と言われている。このことは本当なのか? 私は七年前に米国駐在の家庭の幼児や児童を対象にして英語の習得過程を十カ月間追跡した。幼稚園では三歳ごろの子どもは英語が話される保育室にいても英語を話そうとはしない。半年たっても母語を共有する子ども同士で遊んでいる。三歳ごろに渡米し、現地校に通っている小学生たちも発音や聞き取り能力は母語話者並みだが、冠詞や複数形、過去形などの統語規則、文章の接続形式、談話の構成などには誤りが見られ、母語話者幼児に比べても得点が低かった。ある小学校五年生は「会話はまったく問題ないよ。でも作文は真っ赤になって返されてくる。こっちの子は何が正しい言い回しかが直感的にわかるみたいなんだ」と悩みをうち明けてくれた。

 言語心理学者のカミンズは幼児初期に日本からカナダに移住した子どもたちが小学校四年生ごろから学力言語が急に低下して授業についていけなくなることを見いだした。母語がしっかり獲得されないと第二言語の習得は難しいのである。この証拠にもとづき「二言語相互依存説」を唱えた。

 日本では昨年四月から新しい教育課程が導入され、小学校低学年から英会話の時間が設けられたところもある。国際理解教育の目標は誰とでも偏見のない態度で接するコミュニケーション能力を育(はぐく)むことにある。意思疎通のために最終的にものを言うのは人間性と伝えたい内容であって、流暢(ちょう)に話せるかどうかではない。英語を使う必要に迫られない環境で英会話の授業をしようとすると、どうしても読み書きに絡めた「第二言語学習」になりがちである。これは母語習得とはまるで違う自覚的な学習なのだ。私は、英会話の授業が小学生の低学年から導入されることにより、英語嫌いを早くからつくりだしてしまうのではないかと危惧(ぐ)している。

(上毛新聞 2003年2月13日掲載)