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◎次代へ残し伝えたい 日本の伝統文化として親しまれてきたがなくなりつつあるものが多い中に、どうしても次代へ残し伝えて再活用してもらいたいものがいくつかある。紋章もそのひとつである。 「紋章」は家の紋とか紋どころと呼ばれてどこの家にもある。紋は平安時代ごろから用いられ、皇室は菊・桐の紋。秀吉の使ったのは五七の桐。江戸時代には全盛期で徳川の葵(あおい)の紋は「この紋どころが目に入らぬか」と幅を利かせたし、武家もそれぞれ優美で威儀にふさわしく裃(かみしも)はもとより武具・調度品や生活雑器に至るまでさまざまのものに紋をつけていた。 庶民も調度品に紋を用い、羽織はかまの紋付き姿を正装とした。さらに替紋(かえもん)や伊達(だて)紋も使用し、比翼紋といって相思の男女が互いの家紋を一つに組み合わせたり、加賀紋のように優雅な色つきの紋を考案するなど紋を大いに楽しんだ。 歌舞伎役者の定紋(じょうもん)は、今なお舞台でも多用され、市川団十郎の三枡(さんしょう)や中村吉右衛門のあげは蝶(ちょう)などはおなじみである。 紋章のデザインに、その素材として使われるのは雲や水、雪や月といった自然現象や植物すなわち松、杉、桃、栗、ひょうたん、しだなど。動物も竜や鳳凰(ほうおう)、鶴亀、こうもり、蝶々などなど。あるいは神具、仏具、武具、玩具、文具、といった道具類まで、また直線や曲線、亀甲やうろこのような模様や文字や図柄もとり入れた(源氏香紋は香道に由来する。安倍晴明紋はダビデの星そっくりの五芒=ぼう=星)。ありとあらゆるものが紋章化され、それこそ万を超す紋がつくられたのは、殿様からもらた紋を変形して使ったり、本家・分家、本流、支流の数だけ紋がつくられたからで、いまも約六千個が淘汰(とうた)され残っている。主だったものでも四百個はある。お墓や紋付きのきものを見れば、自分の家の紋がお分かりと思う。わが家の紋は九曜だが、地球のイメージの白丸を中心に水星、金星、火星、木星、土星など八つの小丸が囲んでいるが、古人は天文学にも詳しいらしい。 「紋付ききもの」と言うと優勝力士や新郎のはかま姿、仲人の留めそで姿を思い浮かべるだろう。きものでは黒紋付き五ツ紋姿が正装である。いまは女性の正装が吉事は黒地に華美な裾(すそ)模様の入った留めそでで、弔事が黒無地紋付きとなってしまい、黒紋付きは喪装用と思われている。約百年前は男性と同じく正装は黒紋付きであったが、きれいな準正装の方が女性方には人気で当分もとには戻るまい。 子どものお宮参りや七五三に和装のかわいい紋付き姿が多く見受けられるのは紋章の伝承ということからも大いに喜ばしい。どこの家にもある紋どころは世界に類例のないユニークかつシンプルなデザインで、およそ千年にわたって創造され練り上げられ、しかも庶民のものとして生き残った素晴らしい造形遺産である。 世界に誇るこの伝統をもっともっといろいろな場面で活用し、再生させていただきたいものだ。 (上毛新聞 2003年2月7日掲載) |