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ワールドカップ日本組織委員会総務局長
西沢 良之さん
(東京都新宿区百人町)

【略歴】富士見村生まれ。前橋高、東京教育大卒。1970年文部省入省。文化庁文化部長、東京学芸大事務局長などを経て、99年4月から2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会に出向。

留学交流を考える


◎新知見生む触媒の働き

 平成十三年一月二十六日、JR山手線新大久保駅構内で、ホームから転落した乗客を救助しようとして、日本人カメラマンと韓国人留学生が、進入してきた電車にはねられて死亡するという痛ましい事故が起きたことを、記憶されている方も多いと思う。年若い、韓国からの留学生李秀賢さんが、道半ばにして客死されたことを悼み、多くの義援金が寄せられた。来日されたご両親は、これを、韓国からの留学生を支援する基金とすることにされた。

 平成十四年六月、ワールドカップで韓国代表チームが予選ラウンドを突破した夜、新大久保駅は、韓国チームサポーターの赤いユニホームで埋め尽くされた。私が住むこの周辺は、もともと、来日する外国人留学生などを対象とする日本語教育施設や留学生も受け人れてくれるアパート等が多いこともあるが、ここに集まった多くの韓国の若者たちの胸には、やはり、亡くなった李秀賢さんと、韓国代表チーム躍進の感動を分かち合いたいとの熱い思いがあったと考えるのはうがち過ぎだろうか。

 最近の報道によれば、わが国に学ぶ外国人留学生数がようやく十万人に達しそうだとのことだ。私自身が留学生行政にかかわっていた時、二十一世紀初頭には留学生受け入れ十万人を達成できると考えていたので、数年の遅れではあるが、何とか目標がクリアされそうなので、ホッと胸をなでおろしているところである。

 ユネスコの統計によれば、世界中で百万人をはるかに超える学生たちが、母国以外の高等教育機関に留学している。一人ひとりの留学動機はもちろん区々であり、ひとくくりに語ることには無理がある。しかしながら、留学交流が、さまざまな形で異文化との出合いの場を提供し、人類がそれまで持っていなかった新しい知見を生み出す触媒の働きをしていることは、今回のノーベル賞受賞の例を見るまでもなく明らかだと私は思う。

 外国人留学生を受け入れることは必ずしもたやすい仕事ではない。何よりもわが国の高等教育機関が世界の若者を引き付ける実力と魅力とを持っていなければならない。さらに語学教育をはじめとする教育の体制、奨学金や衣食住などのいわゆるハード面も、重要である。カルチャーショックに対応するためのメンタルケアなども欠かすことができない。これらの体制が整備されて初めて留学希望者の真剣な期待にこたえることができる。

 このような留学生受け入れ事業に貴重な国費を投入することは、まさに未来への投資といえるであろう。将来、わが国への留学経験者の中から、ノーベル賞受賞者が出ることを期待するのは私だけはないだろう。

 ノーベル賞の夢は夢としても、次の世代を担う若者たちに、交流の場を用意してあげるだけでも価値ある仕事だと思う。李秀賢さんの夢が、彼の後に続く多くの留学生によって受け継がれ、また次のワールドカップの時、世界のどこかで、ブルーや赤のユニホーム姿の留学生たちが、熱い思いを共有する輪ができることを祈っている。

(上毛新聞 2003年1月30日掲載)