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◎人々の思いがにじむ 「秘色(ひそく)とは人功の及びがたき色という義なり」(『喜遊笑覧』より)。青磁器の肌色が神秘的な美しさを持っていることからついた呼び名、青磁色は、磁器の青磁の肌色のような浅い緑みの青色で、別名「秘色」とも呼びます。日本の伝統色名にはこのような魅惑的な名前、あるいは意味合いを持ったものが数多くあります。 熱帯産マメ科植物・蘇枋(すおう)の芯(しん)材を染めて作られた、くすんだ紫みの赤は「蘇枋色」と呼ばれ、古代では格式の高い色とされていました。蘇枋は「赤」を染め出す染料であったと同時に疫痢、赤痢など流行性腸炎の予防薬でした。天武天皇が皇后の病気平癒を願って建立された奈良薬師寺の欄干には、蘇枋の丸太が使われていましたが、色は古来から国家や文化の形成に、人々の健康保持にと、広く深く私たちの「暮らし」「生」とかかわりを続けてきました。豊かな収穫を、病の治癒を神に願う、まさに色は命への祈りそのものだったのでしょう。 大陸の華麗な色彩文化の模倣に始まり、折衷、創造という過程を経ながら、日本の風土や生活に沿った日本独自の美意識のもと、新しい色、配色美が時代の進展とともに生み出されてきました。平安貴族の十二単(ひとえ)に代表されるみやびな配色美「重ねの色め」。日本の伝統美の象徴ともいわれる、安土・桃山時代に完成された「能衣装」。武家社会の抑圧の下、地味な色を微妙な表情をもつ色に染め分けて江戸庶民の「粋(いき)」として楽しんだ「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)」色など、そこに生きる人々の思いを日本の伝統色は色濃くにじませています。 明治時代に入り、鎖国から解放され、ヨーロッパ文化の流入とともに、天然染料では得られなかった、鮮やかな色合い、均質で安価な合成染料の流入とともに、いつしかその時代に息づく人々の心の姿をにじませた日本の伝統色、大切な日本の色を、私たちは見失ってしまったようです。そして見失ったものは果たして伝統色だけだったのでしょうか。 石油文明への偏りが生み出したゆがみへの反動のように、ちまたでは音楽やCMで癒やしが、そして色彩においてもカラーセラピーが関心を集めています。現在、再び日本の伝統色に人々の視線が向けられてきました。決して合理的ではないけれど、自然との、命との対話をとおして生み出された伝統色の持つ味わいの深さに、私はあらためて新鮮な驚きを覚えます。 民族の垣根を越えた「世界中の人々との共生」、地球環境を見据えた「自然との共生」がどれほど大切な、欠くことのできないものであるか、二十一世紀はあらゆる意味で、共生の時代と言えるでしょう。科学技術の進展がもたらす機能的な生活システムや近代的な都市は、誰もが疑うべくもない二十一世紀の姿でしょう。しかしそれは、私たちに、思いやりに満ちた、平和な社会の到来を約束してくれるものではなく、どんな二十一世紀を築いていきたいのかという、私たち一人ひとりの意思に大きくかかわっているのでしょう。 (上毛新聞 2003年1月20日掲載) |