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(株)新進技術顧問 遠藤 悦雄さん(前橋市昭和町)

【略歴】富山市生まれ、東京教育大卒。1956年、新進食料工業に入社し、94年から技術顧問。一昨年、技術功労部門で農林水産大臣賞を受賞。現在、発明協会群馬支部前橋分会の副会長も務めている。

発想・アイデア


◎トイレは最高の場所

 前回(昨年十二月四日付)は「変人が大発明を生んだ」と、ノーベル賞を受けた田中耕一さんについて書きましたが、それではどんな時に発想・アイデアが生まれるのか、私なりの経験から考えてみました。

 (一)無我の境地、自分を見詰める心境

 都会の騒音、人込みの中、速い乗り物(飛行機、新幹線など)の中ではアイデアはわかない。トイレの中、自分の部屋、普通電車の中など周りに束縛されない環境で、無我の境地になれ、自分の存在、自分が見詰められる心境にある時、新しい発想・アイデア・発明が生まれる。

 (1)トイレの中

 汚い話で恐縮ですが、私の生活は洋式トイレから始まるといっても過言でありません。新聞・本を読むためには最高の場であり、ここで読んだ記事はすべて記憶に残り、会社での話題・スピーチに非常に役に立ちます。アメリカの家庭では最も新鮮な場として、じゅうたんを張ったり、調度品で飾り、単行本などが置いてあるのが普通で、このへんから日本との物の考え方、余裕に差が生じているのかもしれません。

 (2)自分の部屋

 子供さんも小学生の上級ともなれば、おのずと自分の部屋が欲しくなる。やはり勉強するには一点集中、無我にならなければ能率も上がらず、成績も伸びません。誰にも干渉されないで、めい想にふけっているとアイデアがわいてくるものです。

 (3)普通電車

 スピードの速い飛行機、新幹線の中ではスピードと重力のバランスの関係で、いつも人間の体が逆らっているので、脳から血が下がるだろうし、落ち着いて物事を考えることができません。普通電車などでのんびりと景色でも眺めながら、ぼうっと物思いにふけっている時、ふとアイデアがわいてくる時があります。田中耕一さんも、周りから束縛されない自分の部屋で、無我の境地で黙々と実験を続け、未知の世界に挑戦したのです。

 (二)技術の積み重ね

 何の経験・技術の積み重ねもない所から、アイデア・発明は生まれません。いろいろな苦心をして経験した技術の積み重ねの中から、その人なりに斬新なアイデアが生まれてくるのです。「失敗は発明の母」という諺(ことわざ)があるように、多くの失敗を繰り返して、くじけずに頑張っていると、ふと新しい発見をするものです。

 (三)苦境に立ち、壁にぶち当たった時

 苦境に立ち、一つの壁にぶち当たった時、その壁を避けるためにいろんな手段を講じる。こうした中から思わぬ発見が生まれる。私も多くの失敗を重ねてまいりましたが、最終的には一企業人である以上、ある時には金になる、もうかる仕事をしなければ、自分の満足感もなければ、世に認められないわけです。

 私は三十年間に、三つの満足のできる利益商材を残すことができました。東京工業大学で研究生活を送っている時、学長にもなられた恩師・大山義年先生より「会社に入ったら定年まで、これがおれがやったんだ、という成果が三つあれば成功である」とのはなむけの言葉をいただきましたが、その意味が今になって、やっと痛いほど分かってまいりました。その言葉は今でも私の「座右の銘」となっています。

 一つの商品を生むには、特許を取得して完成するまで早くとも十年はかかるとすれば、定年まで三つしか達成できないことを、あらためて知ったのでした。

(上毛新聞 2003年1月17日掲載)