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◎“田舎”が心の原風景 宮崎駿監督のアニメ作品『となりのトトロ』を見た方も多いと思う。最近、機会あって再びビデオで見ることがあり、かつてこのアニメ映画が私の人生に大きな転機をもたらしたことを思い出した。 平成六年、生まれ育った東京を後に、吉井町に居を移したことはまだ昨日のことのようだ。東京では、都市ホテルの営業マンだった。大きな宴会場を埋めるために、ない頭と足を使って外回りの日々。都会がうっとうしかった。人の波が煩わしかった。いつか見た『となりのトトロ』に出てくる情景が心の中に根付き始めていた。 アニメの中では、日本の原風景と思える田園風景が広がり、そこには秩序立ったコミュニティーがあり、人々は共に助け合い、協力し合って生活をしている。そのコミュニティーは“里山”と呼ばれる森が支えているようにも感じられる。季節の設定は五月下旬、初夏のころだと思う。日本で一番いのちの息吹を感じる季節は春から初夏だと感じている。都会からこちらに移り住んで、感動を覚えたのは春の美しさであり、その生命のエネルギーに喜びを感じたことを思い出す。 里山の中心には、とてつもなく大きな“クスノキ”があり、その下には小さな祠(ほこら)がある。トトロはこの木の精ということになっているようだ。こんな大きなクスノキにお目に掛かったことはないが、樹齢は数百年にも及ぶのだろうか。そして、この大きな“クスノキ”一本で森と呼ばれるほどの存在感だ。映像に出てくる、区画整理されていない田んぼ、田植え休み、あぜでの語らい、三輪トラック。このアイテムが生きていた時代は多分、私が生まれたころ、昭和三十年代初めごろの情景ではないか。そしてこの今から四十数年ほど前までが、この情景が当たり前だった最後の時代だったと思う。 この情景に触れた時、あなたなら何を感じるだろうか。故郷を思うのだろうか。昔は良かったという懐古の思いだろうか。それとも、不便な時代だったと思うだろうか。時代は常に変化し、過去五年、いや昨年と今の生活を比べても、同じ暮らしぶりの人は少ないのではないか。このころの生活でさえ、その当時なりに日々新しい物が生活に取り入れられ、不便で暮らしにくかったということはなかったのではなかろうか。 今、都会から地方へ移り住む人が増えていると聞く。新幹線や高速道などのインフラ整備や地価の問題だけが理由ではない。このトトロに出てくるような“田舎”暮らしが私たちの心の原風景にほかならないからではないか。 人はかつて当たり前に助け合いながら暮らしていた。地域のコミュニティーが大切だった。子供たちも年代を超えて一緒に遊んだ。物が豊かになった、便利になったといわれる半面、多くの人が共通してこの懐かしい風景にひかれるのはなぜか。昨今、さまざまな環境問題が取りざたされているが、この情景の世界ならすべてが解決してしまうのではないか。というよりも「環境問題という問題」自体、発生しないのではなかろうかと思うのである。 (上毛新聞 2002年11月29日掲載) |