視点 オピニオン21
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パーソナリティー 久林 純子さん(高崎市貝沢町)

【略歴】高崎女子高校、国学院大文学部卒、県立女子大大学院日本文学専攻修了。ラジオ高崎アナウンサーを経て現在フリー。「どこ吹く風」などを担当。県観光審議会委員、高崎経済大非常勤講師。

おいしい季節


◎「本物の味」を大事に

 おいしい季節になりました。〇〇の秋と多種あれど、がぜん私は「食欲の秋」。新栗(くり)、新そば、新サンマ…。おいしい言葉も躍ります。一年を通して同じ食材が手に入る現代でも、特に秋になると旬に敏感になるのはDNAのなせる技でしょうか。しかし近年の温暖化で食品の構図も変わり始めました。なんでも今年はアジが高値だとか。加えてBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)や偽表示、無登録農薬等、業者のモラル低下も手伝って消費者の不信は深まるばかり。口に入るものだけに事は深刻です。そんな消費者のニーズにこたえて生産者の名が表示された、JAや道の駅、物産センターの野菜などが人気のようです。安心に加えて安価。安いからと大量に買ってきたらあっという間に傷んでしまい、「えっ? ニンジンって腐るんだ!」とその安全性にも満足した次第です。と同時に生まれてこの方、体内に蓄積された環境ホルモンは一体どのくらいなのだろうと怖くもなりました。

 ところでこの夏は自家栽培のトマトやキュウリ、ナスを大量にいただいたのですが、そのおいしかったこと。「やんちゃな」という修飾語がぴったりで形も元気で大きく、味にパワーと優しさがあり、これが本来の野菜の味なんだと実感しました。そう言えば知り合いの養豚農家の方が「うまいとかまずいとか云々(うんぬん)する前に、人工肥料や発色剤を使っていない本物の豚肉の味と色を知ってほしいんだ」と熱く語っていたことを思い出しました。「本物の味」。生産者が愛情を込めてつくった誇りある作品なのですね。さすが本物はひと味もふた味も違うと思いました。優しい言葉、感謝の言葉をかけて育てると、生命は力をみなぎらせて成長するそうです。逆に汚い言葉や言葉さえかけないでいると、米粒でさえも腐っていくというのです。無機質に育てられた没個性の食材はなんだか人間社会を投影しているようでちょっと怖くなりました。人間社会といえば、おはしも上手に使えないのにグルメぶって料理人に文句を言ったり、十―二十代中心に広がる奇食であったり、「食」というものに関心があるのかないのかよくわからない多様さです。しかし、そんな中にも本物は存在しています。最近、「スローフード」という言葉を聞く機会が増えたように思えます。スローフードとはファストフードに対して生まれた言葉で、消えてゆく恐れのある伝統食材や料理とその質や生産者を守りながら、子供たちも含めた消費者全体に食育を進めるといった考え方に基づいて活動することなんだそうです。興味を持った方は、イタリアに本部を置くスローフード協会に入るのもいいでしょう。日本にもいくつか支部があるのですが、ここ群馬でも支部設立の動きがあるそうです。もちろん所属しなくても個人で行っても良いのです。いえ、個々がそんな思いでいることの方が大切でしょう。そして食と人の間には思いや言葉がないと本当の意味でつながっていかないのです。

 「はらわたを捨てて秋刀魚に見限られ」

 五代目古今亭志ん生の川柳ですが、食べ方ももちろん大事。食べ後が汚い皿を見て「野暮(やぼ)はいやだねぇ」と、志ん生の声が聞こえてきそうです。粋にいきたいものですね。こんなことを言える食育も、私としては目指したいのですけれど。

(上毛新聞 2002年10月19日掲載)