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東京福祉大学社会福祉科実習担当主任教授 ヘネシー澄子さん(伊勢崎市中央町)

【略歴】横浜市生まれ。ベルギー、米国に留学し、デンバー大学大学院で博士号を取得。インドシナ難民支援のためアジア太平洋人精神保健センターを創立、所長として活躍。2000年から現職。

パリアティブ・ケア



◎平安に、痛みなく逝く

 今年の夏、母をみとった。六月の半ばまで元気で、急にリンパ腺(せん)にがんが広がり二週間で亡くなった。でも母の場合、自分はこのように世を去りたいという、「パリアティブ・ケア計画」を立てていてくれたので、私たちは痛い治療や無理な延命手段を強いることなく、母の希望通りに家で介護し、逝かせてあげて、今とても平安な気持ちでいる。

 先日のケアマネジャー研修会で百四歳の特別養護老人施設に入所している男性の事例があがった。この方はつい最近までは、やわらかくした食べ物を、おいしそうに食べていたのに、このごろ舌で押し出してしまう。家族が心配して毎日来所して、食事時には「おじいちゃん、食べてください」と励ましている。その方は、意識がはっきりしていて、血管からの栄養補給を拒んでいる、どうしたら良いかとの相談であった。スタッフには、この方が「もういいよ」と意思表示しているように思えるとのこと。母も最期は食べるのも苦痛で、熱いお茶だけを時々ねだって、あとは昏々(こんこん)と寝ているだけであった。母が立てたパリアティブ・ケア計画を説明したら、まだ日本にはないとのこと。この機会に紹介したいと思う。

 がんの末期などで、不治と判断された患者に延命治療でなく、人間が尊厳をもって最期を迎えることができるよう、痛みの管理と高い水準の介護を目的とするホスピスというサービスが日本でも広まってきた。でもそのような状況になる前に、自分だったらこのようにして最期を終えたいという希望を、何らかの形で家族に伝えておく必要がある。

 アメリカでは結婚し子どもができたら最初の遺言を書き、人生の節目節目で改訂していくのが常識になりつつある。それに伴って、特別養護老人ホームでは「最期を平安に、痛みがなく逝く」ことを目的とするパリアティブ・ケアを一つのサービスとして打ち出すようになった。このプログラムは、宗教別に霊的な慰めができる人、歌を口ずさんでくれたり、個別訪問して昔話を聴いたりするボランティア、家族との連絡をとるソーシャルワーカー等が痛みの管理をする看護士を中心にチームを組んで行われる。

 このサービスのあるホームでは、入所の時、利用者と「パリアティブ・ケア計画」を立てる。計画には好きな色、におい、音楽などのし好と、宗教または霊的なニーズ、家族の誰にそばにいてもらいたいか、血管からの栄養補給を含めて最期まで延命手段を取るかどうかなど面接で聞かれ、計画に入れられる。計画づくりが終わるとホームのワーカーが「亡くなる時の計画をお立てになったのですから、これから安心して、楽しく生きることに専念してください」という。

 利用者の意思表示がこのような形で手元にあれば家族も納得し、百四歳の老人に食物を無理強いせず、安らかな最期をみとってあげることもできるだろう。死後の盛大なお葬式より、優しく静かな逝き方を援助するのも福祉サービスの一つと考える時代になってきたと思う。
 
(上毛新聞 2002年10月5日掲載)