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◎伝統技術継承に声援を 「葉かげなる 天蚕は深く眠りいて 櫟のこずえ 風渡りゆく」 これは皇后美智子さまのお歌です。皆さんは美智子さまが皇居の紅葉山御養蚕所で蚕を飼育され、小石丸という日本の原蚕種を守っておられることをご存じでしょうか? また、天蚕園で山繭蛾(が)から繭をお作りになっていらっしゃることをご存じでしょうか? 私の周囲でそれを知っていた人はほとんどいませんでした。 冒頭のお歌にしても、その情景をイメージできる人はごくわずか、と思われます。まず「天蚕」という言葉が分からないでしょう。天蚕はクヌギやナラの葉を飼料に、野外で野生の蚕を飼い、美しい薄緑色の繭をとる養蚕です。「葉のかげの天蚕が深く眠っている」とはどんなことなのか、イメージできない方も多いでしょう。天蚕も家の蚕と同様、幼虫の毛蚕から脱皮を繰り返しながら、二齢、三齢、四齢、五齢と成長し、それぞれの齢の間で「眠」に入ります。直射日光を避け、葉の裏側にぶら下がり、家の蚕よりも長い、一日二日時には三日ほどじっと眠ったように動かないのが「眠」の状態です。 自然の中で飼育する天蚕は毛蚕の時代はアリが天敵です。やや大きくなっても病気の発生率は高く、繭を作り始めるまでは、天蚕家は決して安心できません。体長が六・七センチになる四齢、五齢の蚕は非常に美しい緑色です。しかし、ちょうどこのころが夏の盛り、温度湿度が高すぎるとせっかく成長した天蚕も衰弱してしまいます。「櫟のこずえ風渡りゆく」からは適当な風が吹いて温度も湿度も下がり、何よりという美智子さまのお気持ちが読み取れます。 皆さんにも数千本のクヌギの木が立ち並ぶ天蚕園の壮大さをぜひ見ていただきたいと思います。クヌギの木々の間に風が通り、こずえの葉が一斉にそよぎ、緑の蚕が眠る様は一見に値します。観光天蚕園がないのが不思議なくらいです。 今年、私がかかわった粕川村と中之条の天蚕園ではアリやアブラムシによる被害が大きく、繭の収穫量は期待をかなり下まわりました。美智子さまの紅葉山の天蚕園ではいかがだったのでしょうか? 戦前であれば、皇后陛下のお仕事の成果に国民は一喜一憂したはずです。現代でも、天蚕という伝統的養蚕技術を継承し、その文化を伝える人は美智子さまを含めて全国に数人しかいないのですから、群馬県人として同郷の皇后陛下の天蚕園にはもっと関心を持ち、声援をお送りすべきではないでしょうか? もちろん県内で唯一大規模な天蚕園を営む中之条の戸坂昭夫さんにも。紅葉山御養蚕所からの情報も必要ですが、人々の関心が高まることこそ、わずかに残った天蚕家たちへの大きな励ましになるはずです。美智子さまとてご同様ではないかと思われます。 (上毛新聞 2002年9月26日掲載) |