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自治医科大学講師 茂木 秀昭さん(栃木県南河内町 )

【略歴】館林高卒。慶応大学、コロンビア大学大学院修士課程修了。京都ノートルダム女子大文学部講師を経て現職。著書に「ザ・ディベート」(ちくま新書)、「論理力トレーニング」(日本能率協会)など。

ディベート研修



◎人材育成に活用すべき

 先日、人事院の初任行政研修で、各省庁のキャリアの新採用者を対象にディベート研修を行いました。人事院では数年前から中央省庁の係長級の行政研修でもディベートを導入しており、こちらも昨年から担当しています。これは政策研究などと併せて表現交渉能力演習として行っているもので、トピックには「英語公用語化の是非」と「首相公選制導入の是非」という政策課題を取り上げました。
 
 ディベートというと討論のイメージが強いためか、「官僚がディベートを学ぶのは役所に寄せられた批判を言い返すためか」などと誤解されることもあります。しかし、ディベートの本来の目的の一つは政策の立案および意思決定であり、現実の政策論争のシミュレーションとしての教育効果もあるのです。

 当の初任研修参加者もほとんどがディベート未経験者なのでペーパーテストでは優秀であっても、ディベートの訓練にはとまどうことが多いようです。解答のある問題を解いたり、本に書いてあることを暗記したり、専門家の言っていることをそのまま主張するようなことは、ディベートでは通用しないからです。

 ディベートでは、現実の問題をあらゆる角度から分析し、論点を整理し、現状変革の必要性を論証したり、現状の政策と改革案を比較検証したりという、一連の作業が要求されます。グループ内で議論し合って準備をし、試合では個人的な意見と関係なく賛成側、反対側のどちらにも立って、客観的なデータをもとに議論し、公正・中立な第三者を説得しなくてはなりません。

 こうしたプロセスを通じて、企画・立案能力や交渉力、プレゼンテーション能力などが養成されます。研修後には「ディベートは相手を言い負かすことだと誤解していたが、議論を重ね合わせ深化させるもので、論理力を身につけたり、相手の話を理解するとても良い訓練になる」といった参加者の声が多く寄せられました。また「自分の本当の考えを抑え、賛成・反対の両側から考えることで客観的思考力を養えた。これは行政官にとって必要な能力である」との感想も見られました。実際、それらは政治家やビジネスパーソンにとっても有用な能力です。

 実務への訓練効果を見込んで、企業や自治体でもディベート研修を導入するところが増えています。太田市では、研修以外にも、職員採用時にディベート面接をいち早く導入し、「偏差値の高さは必ずしも優秀な行政職員になることを意味しない。自分の意見くらいはきちんと言える人でないといけない」と、ペーパー試験だけでは測れない能力評価に活用しています。

 企業にせよ、自治体にせよ、ディベートを導入しているところは、問題意識が高く、元気があります。中央官庁の若手にも期待がもてそうです。不況とはいえ、短期的な視点で研修費削減やリストラを行うよりも、今こそ長期的視点に立って、組織内の人材育成に力を入れるべき時ではないでしょうか。

(上毛新聞 2002年8月29日掲載)