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◎「誠実なうそ」で安心感 アルツハイマー型痴ほう症の記憶障害は通常の「物忘れ」とは異質のものであり、脳の損傷により、「記憶の帯」が突然、途切れてしまうのが特徴であると紹介した。パソコンで、せっかく仕上がった原稿や書類を登録しないまま瞬時にデータを消してしまった、という苦い経験は多くの方にあると思う。どんなにパソコンを恨んでたたいてみても、消去してしまったファイルは取り戻せない。そして次回から教訓として、ファイルのバックアップや操作を注意深く行うようになる。しかし、アルツハイマー型痴ほう症においては、自分の意思とは関係なく脳の中の「ファイル」が勝手に消去されてしまうのであり、パソコンの操作のようにはいかない。 以上の認識にたち、初期の痴ほう症の典型的な症状として表れる「物とられ症候群(仮称)」のケースと、その対応についての事例を紹介してみたい。痴ほう症状が進行し始めた方の多くに「財布がない。お金をとられた」と訴える方がいる。実際にはご自身のベッドと布団の間にしまい忘れているだけである。日に何度も繰り返される行動であり、ケアスタッフの誰もが状況を理解している場合がよくある。さて、いつものようにケアスタッフが様子をうかがいに居室まで訪問した時である。突然「あなた、私の財布をとったわね」と疑いをかけられたとしよう。皆さんならどう対応するでしょうか。 1、とっていないことを説明し、すぐに布団の間から財布を取り出し、忘れていた事実をきちんと説明する。 2、訴えに対して否定はせず、「一緒に捜しましょうか」など声かけをしながら、布団の間からすぐに見つけ出して安心させる。 3、2と同じく一緒に捜すが、すぐには見つけず、ロッカーなど全然違うところから時間をかけて一生懸命捜すふりをし、「見つかってよかったわね」と喜び合う。 介護福祉養成校の試験問題のようで恐縮であるが、以上の三つから一つを選ぶとしたら、どれが良いか考えていただきたい。当然、3番の対応が確実によいということは理由を述べるまでもなく理解できることである。痴ほう症になっても「感情」や「情緒」は最後まで残っていると、前回述べさせていただいた。だからこそ「受容」「共感」という介護に対する精神が、大切なキーワードとなるのである。 状況にもよるが、当苑のスタッフには3番の対応はもちろんであるが、財布を見つけた後に「実は、お財布が出ていたので誰かにとられてはいけないと思ったの。私がしまい忘れていたの。ごめんなさいね」といった事実ではなく自分の責任として安心感を利用者へ伝え対応するスタッフが多い。うそつき集団なのであろうか。痴ほう性高齢者に対しても、人間的尊厳を尊重することが介護のプロとして求められている時代である。「うそも方便」とはよく言ったものである。「誠実なうそ」があるかどうかは分からないが、痴ほう性高齢者のケア方法に「方便法」という技術(手法)が確立されてもよいのではないかと考える。 (上毛新聞 2002年7月27日掲載) |