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◎厳しい環境を生き抜く 五月二十日、ついに楽しみにしていた天蚕を始めました。とても小規模で実験的な天蚕園です。場所は粕川村のある工場の敷地内。原野を切り開いて十万坪にも及ぶ新工場を建設したその企業は、自然を回復させ、維持し、活用することに積極的に取り組み、その一環として私が提案した天蚕に興味を示してくださいました。 富士見村の知人の山からナラの木を六本頂き、敷地の一角に移植し、その周りにハウスを建て、鳥から蚕を守るためのネットを掛けました。天蚕の種は、本県でただ一人の天蚕家である中之条の戸坂さんから分けていただいたものです。直径二ミリほどの天蚕の卵を十粒ずつガムテープに張り付け、卵からかえった幼虫が粘着テープにくっつかないようパフソールという粉を掛けます。それをナラの枝に三十粒ずつ都合百二十粒取り付けました。日中の気温約一八度、朝夕は赤城山からの風が吹きつける肌寒い環境の中、それでも二日後には約三分の一ほどの幼虫が殻を破って誕生しました。 幼虫は家蚕と全く異なり、かえった時から毛蚕の状態です。大きさは約五ミリほど、頭は濃いオレンジ色、グレーの地肌に黄色の縦じまが入っています。全身が薄茶色で、それが次第に白くなっていく家蚕と比べると、同じ蚕の仲間とは思えない野生そのものの姿です。 何よりも驚かされたのは、かえったばかりの幼虫が猛スピードで枝をはい上がり、ナラの若葉に突進することです。その速度はビデオカメラを回すカメラマンさえフレームから外しかねないほどです。しかし、この季節のナラの木には、幼虫がそしゃくできる若葉はそう多くはありません。大きな葉にかじりつき、歯が立たないと分かると、次の葉にかじりつきます。それを繰り返し、ようやくやわらかい葉を探し当てるのです。やわらかい桑の葉を細かく切って与えられる家蚕の幼虫とは比べものにならない厳しい環境で、天蚕は生き延びねばなりません。 百二十粒の卵のうち、何匹が生き残って薄緑色の繭を作れるのか、今はまだ見当もつきません。ただ、葉から葉へ、枝から枝へえさを求めて必死にはい回る毛蚕の姿は感動的です。赤城山の強風は容赦なく吹きつけ、葉がちぎれそうになることもしばしばです。でも、毛蚕はしっかりと葉にしがみついています。見ている私も思わず「頑張れ、負けるな」と応援したくなるほどです。 同時に、私に勇気を与えてくれるかのようです。野の生き物が生きていく厳しさに比べれば、人間世界の少々の困難などはまだましだ、そんな思いをわき上がらせてくれます。毛蚕がナラの葉の上で必死に生き、葉緑素をむさぼることで、あの美しい天蚕の繭ができるのです。小さな虫の生きた証が天蚕です。 やがて虫の生命の結晶として薄緑色の繭を手にした時、私にどんな感動が起こるのでしょうか。私はそれを映像を通じて皆さんにお話ししたいと思います。また、小さな天蚕園を多くの方にご覧いただき、天蚕や養蚕について、理解を深めていただきたいと考えています。 (上毛新聞 2002年6月14日掲載) |