視点 オピニオン21
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前橋育英高校教諭・群馬陸上競技協会強化部強化委員長
 安達 友信さん
(伊勢崎市八坂町 )

【略歴】中之条高校、順大体育学部卒。86年から前橋育英高校教諭。現役時代は中距離選手としてインターハイ、全国高校駅伝、インカレ、国体などで活躍。監督では県総体、県高校駅伝など優勝。


陸上の指導者

◎人間性や人生観に影響

 陸上界では本格的に春のシーズンが開幕し、多くの選手、指導者が競技会のことを考えただけで胸の高鳴りを覚え、期待と不安でいっぱいである。しかし、そんな陸上界にあって、一瞬のリラックスした日々を送る人たちもいる。駅伝競走のみに打ち込む人たちである。陸上競技といってもさまざまな種目があり、当然指導者のタイプもさまざまであるが、とりわけ短距離や跳躍の指導者と、駅伝競走のみを指導する指導者は、選手の育て方も戦いの場へ送り出すアドバイスの言葉も違う。

 かつて陸上王国といわれた本県は、多くのオリンピック選手を輩出し、国体等でも素晴らしい活躍をしてきた。その本県チームのポイントゲッターとなっていた選手の中心は跳躍選手であった。瞬間的に爆発的な力を発揮し、小差で決着のつく競技にかける選手はある種独特の感性を持ち、ピリピリと神経をとがらせながら勝負に入っていく。指導者も同様で繊細な感性と大胆な戦略で臨む。「短気で勝気、単刀直入、熱しやすく冷めやすい」が群馬県人の県民性だそうだが、まさに短距離や跳躍種目向きである。駅伝競走はというと、男女とも都道府県対抗駅伝では苦戦している。また、高校駅伝も長い歴史の中で順位の平均は男子二十三位、女子二十四位である。国体等の活躍に比べるとやや物足りなさを感じる。

 しかし、そんな本県にあって二度の全国制覇をはじめ、際立った実績を挙げている指導者がいる。中之条中学校の里見裕先生だ。里見先生の指導理念は、当たり前のことを当たり前にきちんとさせることである。あいさつ、掃除、宿題、食事、睡眠。この当たり前のことがきちんとできない生徒は、大事なところで必ず失敗するという。そして、きちんとできない生徒がチーム内にいては信頼関係が築けないし、結束力は生まれない。一回の駅伝のためにこのことの大切さを一年間言い続け、毎年素晴らしいチームをつくっている。また、里見先生は選手をスタート地点に送り出すとき、「普段どおりにやりなさい」とアドバイスする。私はこの里見先生の指導法、アドバイスにある種の新鮮さを感じた。

 一方、国体等の試合では「イチかバチか思い切って勝負してきなさい」と選手を送り出す指導者が多く、その言葉に勇気付けられ、思わぬ好結果を出す選手も多く見受けられる。ばくち好きな県民性の本県チームにおいては、とりわけそんな指導者の声が多いかもしれない。里見先生は「イチかバチかと指導者が言えば、それは失敗してもいいよ」と言ったことにつながり、本来の実力を発揮しなくなると言う。

 指導者はどんな競技でも、何の種目でも、その特徴をとらえ、じっくりと戦いの瞬間へ向けて指導理念に基づいた育成をする。真剣に取り組むチーム、選手であればあるほど、われわれ指導者がその選手の人間性や人生観に大きな影響を与えることになる。勝利至上の中で育った選手が問題行動を起こしてしまう例もときどき見受けられるが、人生の一時期を熱く燃えた生徒と指導者が共に成長し、後の人生にプラスであったと心から言えるような指導を目指したいものである。


(上毛新聞 2002年5月11日掲載)